師を求める

真に立派な本とは、一字一句が動かせないと云う書物である。
それゆえ、そういう書物に永い間取り組んでいると、その一字一句の動かし得ないゆえんが分かってくる。
しかし、これはまだ準備期で、更に進めば、その書物の字句内容を、如何様にでも自分の言葉で説明できるようになるが、その境地にまで到らねばならぬ。
かくして、初めて学問の大道が開かれたと言える。

真の謙虚は、師弟道において初めて見られる。
津田青楓氏は、次のようなこと述べておられる。
「弟子は、師の持っているものを悉く奪い取らねばならぬ。
但し、その為には、己の持ち物を全て捨てて掛からねばならぬ」と。
学問に志す者にも、この心構えが必要である。
しかし、これは師を見つけて後のことであって、それまでは、ひたすら師を求めねばならぬ。

では、師を求めるに如何にすべきであるか。
それには自己の進むべき道において、当代の第一人者を見出すのである。
しかし、これは、なかなか難しいことである。
そのためには、広い素養が必要であり、文化の全領域について、それぞれの部門の第一人者を弁(わきま)えている必要がある。
こうなると、難しさは更に幾層倍するが、この困難を解決してくれるものも、また師である。

森信三 『訓言集』より