高橋新吉 『甲板』

時間が一筋過去から未来にわたって流れているものとすればそれはさびしい鰯の腸(はらわた)である

時間の流れに漂うものばかりでとどまるものがないとすればそれは悲しい浜辺の藻である

この一筋の河の流れの行きつくところはないのであろうか
時間のまわりには地図にない海がある筈である
その潮流は決して同じ速度では流れない
流れていると言っても流れていないと言っても同じである

しかし絶対に動かぬ船が碇泊している
錨を時間の底に沈めると港に水は無くなる

船員は上陸する
凡ての存在を掌に載せて彼は歩いて行く

彼の足の下には何もない
足の先が細長く どこまでもつづいて 流星のように消えている

彼はどこへ行くのも自由自在である
掌の上に過ぎぬ空間を凡ゆる甲板が持っている