盤珪禅師

63歳、江戸の光林寺で百三十人と共に冬安居。この時、盤珪の弟子、逸山が悟る。

逸山、禅堂にて、豁然として機が転じることがあって、独参して言う。「私はこれまで師の言葉を信得して、師の言葉にだまされていました。今日は師の言葉に依らず、直に己事を識得しました。これも師の説法のおかげです。その心境は言葉にできません。」
盤珪、「言わなくても、わかっている。」
逸山、「師は、平常大悟ということはないとおっしゃるけれども、今日の私から見れば、人々自知する所なくては、法は手にはいることはできません。臨済は黄檗のもとで、三度仏法の大意を問うて、三度打たれたけれども、発明ありませんでした。しかし、大愚一言の下にて機を転じ『元来黄檗の仏法多子なし』と言ったのは、臨済の自知です。」
盤珪、「古人といえば、格別すぐれているように思うが、今人と何もかわることはない。臨済が機を転じたのは臨済の入所である。古今の参学者で、一回も入所がないということはない。しかし、そこに止まれば、少を得て足れりとする。その後、大親切のものでなければ、法眼円明は成就しがたい。」
逸山、「あえて尊命を疑うわけではありません。しかし、今私は、法においていささかも疑いありません。この上、何とも力のつけようがありません。」
盤珪、「疑いもなく問いもない境地に到ることはやさしい。法は甚深であり、智恵は甚深である。到れば到るほど深い。それゆえ私は、生涯一言の許可もしない。それが人のためである。」(『法語』六三、A119、B43)

現代人の禅 より

日本の禅とその歴史:その2
http://www.sets.ne.jp/~zenhomepage/nipponnzen.2.html

盤珪禅師説法を読む
http://www7a.biglobe.ne.jp/~chotto/zakkan/busshin/