善と悪

意識のなかには善も悪もあるが、いまは悪が増大しつつある。
悪が増大しているのは、善が固定化されていて、善が花開いていないからである。
人は、善とみなされている特定の様式を受け容れ、それらの様式に追従して生きる。
だから善は花開くどころか、枯れつつあり、そうなることによって悪を力づけている。
まさに世界中に暴力や憎悪が増大し、国家的・宗教的分裂が増大し、あらゆるかたちの敵対がある。それが増大しているのは、善が花開いていないからである。
いまは、この事実に気づくことだ。
ただし、どんな努力もなしに。
努力するやいなや、人は自己に重要性を与え、尊大になる。
それが悪なのである。
どんな努力もしないで、ただ悪という事実そのものを観察することだ。
どんな選択もしないで、それを観察することだ。
なぜなら、選択は事実を歪める要因だから。

きわめて開放的に、自由に観察するとき、善は花開きはじめる。
それは、善を追求し、そうすることによって、それに開花する力を与えるということではない。
悪、魔性、醜さが完全に理解されたとき、その対極をなすものがおのずと花開くのである。


翻訳家のノート: クリシュナムルティ
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