苦しんでいる私

観察してみると、〈私〉は「私はそれを持たなければならない」と言ったかと思えば、二、三日もたてば何かほかのものを欲しがる。
そこにあるのは欲望のたえざる動き、快感のたえざる動き、自分がこうなりたいああなりたいという、たえざる動きである。
この動きは心理的な時間とみなされる。
「私は苦しい」と言う〈私〉は、思考によって編成される。
思考は「私はジョンだ。私はこれだ、あれだ」と言う。
思考は、自分の名前や姿を自分だと思いこむ。
そして、意識の中身全体のなかに、その〈私〉がある。
それは恐怖、苦痛、失望、心配、罪悪感、快楽の追求、孤独感なとどいった意識の中身すべての中心となる精髄(エッセンス)である。
「私は苦しい」と言うとき、それは、思考―悲嘆に暮れる思考―が自分自身についてつくり上げたイメージ、形、名前である。


翻訳家のノート: クリシュナムルティ
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