祈りの力を信じるなら

もし、祈りや慈悲の瞑想の力を信じているのであれば、
今、最も、その力を向けるべき対象は、
行政に関わっている政治家や、事態の収拾に必死になっている電力関係者の方たちではなかろうか、と思います。
その方たちが、誤った判断・決断を一つしてしまったなら、今後の日本の展開に大きく影響します。

なので、もし祈りや慈悲の瞑想の力を信じているのであれば、
まず、それらの人たちの心身の健康を祈り、その方たちが最高の能力を発揮し、職務を全うできることを祈るべきだと思います。

もし、いま政治家や電力会社に対して、怒りや嫌悪を向け、心の中で毒づいている人がいるとしたら、馬鹿者だと思います。

本当に出来のいい生徒(真に有能な人)に対しては、うまくできていることには触れないで(言わないで)、
失敗しているところだけを指摘する「厳しい指導態度」は有効でしょうが、
できの悪い生徒(それほど有能でない人)に対しては、
まず褒めて、ねぎらって、そのうえで欠けているところを指摘する、「やさしい指導態度」を取らないと、萎縮してしまい、その人が本来持つ能力を引き出す(発揮する)ことはできないと思います。
(この喩えで表現したいのは、「もし、それほど有能ではないと感じているのなら、なおさら批判(ダメだし)だけを続けて追い込んではならない」と云うことです)

今後、国内を「批判の嵐」が吹き荒れるなら、
その外に(他に)向けた批判によって、自身のエネルギー自体が消耗され、
互いに疲弊し、国は衰えていくでしょう。

批判は「内在的」でないかぎり、なんの良い結果も生み出せない、
と思うのです。