見る、と、聴く

人の五官は、視覚と聴覚とを主とする。
見と聞とが、外界に対する交渉の方法であった。
しかしそれは、単なる感覚の世界の問題ではない。
「みる」とは、その本質において、神の姿を見ることであり、
「きく」とは、神の声を聞くことであった。
そのように、物の本質を見極める力を徳といい、
また神の声を聞きうるものを聖という。
徳は目に従い、聖は耳に従う文字である。

白川静「文字逍遥」より