「自己」とは暴力である

われわれは、技能、自己の構造や本性の大きな発達を通して、自分の意識を強化してきた。
自己は暴力である。
自己は貪欲、羨望などである。
そういったものこそ自己の本質的なものである。
〈私〉という中心があるかぎり、あらゆる行為はかならず歪曲される。
中心を起点としてそこから行為をすることで、あなたはある指向性を与えている。
その指向性が歪曲なのである。
そのようにすれば技能は大きく発達するかもしれないが、それはつねに不均衡で不調和なものである。

意志とは欲望である。
何かに対する欲望である。
欲望があるとき、そこには動機がある。
そしてその動機もまた、観察を歪める要因なのである。


翻訳家のノート: クリシュナムルティ
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