空っぽな精神

たえず空っぽである精神、たえず饒舌ではない精神をもつことは重要である。
空っぽの精神にとっては、学習の新しい種が芽を出すことができる。
それは知識を育て、その知識のもとに行動するのとはまったく違うものである。

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大空を観察してごらん。山々、樹々、木漏れ日の美しさを観察してごらん。
その観察は、記憶として貯えられたなら、次の新鮮な観察を妨げるだろう。
自分の妻や友人を観察するとき、その特別な人間関係のなかで起こった出来事の記憶という干渉なしに観察することができるだろうか?
いままでの知識という干渉なしに、他者を観察したり見守ったりできたら、人はこれまでにない多くのことを学ぶことになる。


翻訳家のノート: クリシュナムルティ
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