RUSH BALL 日本人の女の子二人組み

私がダンスに魅力を感じるところのひとつに、「平等である」と云うことがあります。

性別(男、女、同性愛者)、人種(白人、黒人、アジア人)、体格(大きい、小さい、デブ、やせ)、ルックス(カッコイイ、カワイイ、あるいは、そうでない)、年齢(ロートル、あるいは子ども)、健常者/障害者、それらに関係なく、「自分の動きを(引き出し)踊れた人の動きは魅力的である」というだけで、男には男の、女には女の、黒人には黒人の、日本人には日本人の、その人にしか出来ない動き(味)が確実にあり、それら全てがバトルの場で平等に評価される。これほど平等な世界は、普段なかなか経験できないと思います。
仮に自分にマイナスの条件があるのなら、それを「芸」にして、見世物にしてしまえば、その人だけの「持ち味」として評価されるのですから。マイナスをプラスに転じられる。

「障害者芸術」と云うジャンルがあるが(エイブル・アート・ジャパン
アール・ブリュット アウトサイダー・アート – Wikipedia、私は自分自身の動画を「障害者芸術」だと考えている。私の場合は「ボディイメージ障害」。
その障害あるが故の「おかしな動き、動きの中のノイズ、違和感」を、ただの障害ではなく、鑑賞に堪える作品まで高めたいと願って、ボチボチやっている。
そして実は、全てのダンサーも、そうなのだと思う。
完全に整った身体イメージ(身体意識)を持って、生まれ育って来ている人なんて居ない。
程度の差はあれ、すべての創作や作品は、障害者芸術なのだと思う。

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「RUSH BALL」は、日本人の女の子二人組みで、カッコよくて、可愛くて、美しくて、切れも良く、素晴らしい動きをします。

こういう話もあるようですが(中学校でヒップホップダンス必修化 指導資格を創設へ)、私は賛成です。
ヒップホップダンスが、もともと黒人のストリート文化から生まれたのは間違いないですが、すでに日本人の身体でしか表現できない「日本人のHIP HOP」が生まれつつあるように感じます。

まあ、それと同時に、小学生の体育の授業にフェルデンクライス・メソッド(ATM)を組み込み、高校辺りから「刀禅」の稽古が必修になり、日本独自の身体教育が行なわれる時代が来ることを期待していますし、自分自身も、それに向けて活動したいとも思っています。