森 信三 『一日一語』 11月

 十一月一日
男は無限に賭けきるところがなければならぬ。
女は耐えに耐えつつ貫き通すことが大切。

 十一月二日
死の絶壁に向かってつよくボールを投げつけ、そのはねかえる力を根源的なエネルギーとしなが、日々を生き抜く人物は、げにも凄すさまじい。

 十一月三日
日本史を通観する時、天皇は民族の虚・中心といってよい。
だがそれは生身としてではなく位格としてである。
随ってそれが実中心となった時代は比較的短く、かつ実効を伴なわなかった。

そしてそれが顕著に功績を挙げたのは、上古を除けば、近世ではほとんど明治期だけといってよい。
それは、明治期は我らの民族が封建体制を脱して、近世国家として世界に門戸を開くという異常な時代だったが故であろう。

 十一月四日
肚をすえるという事は、裏返せばすべて神まかせという事でもある。
だが単に神まかせというだけでは、まだ観念的であって、よほどそれに徹しないとフラつきやすい。

 十一月五日
宗教とは、ある面からは現実認識への徹到ともいえよう。
そしてその場合、現実の中心を為すのはもちろん人間である。
随って人は、宗教によって真の人間認識に達しうるともいえよう。

 十一月六日
嫉妬は女にのみ特有のことではなく、男女に共通する最深の罪といってよい。
そしてそれは結局、自己の存立がおびやかされる事への危惧感であって、いかに卓れた人でも、事ひと度自己の専門に関する事柄ともなれば、いかに隠そうとしても妬心が兆す。

 十一月七日
真に心深き人とは、自己に縁ある人の苦悩に対して深く共感し、心の底に「大悲」の涙をたたえつつ、人知れずそれを噛みしめ味わっている底の人であろう。

 十一月八日
津軽野をわが訪ひ来ればまず仰ぐ岩木霊山よ常若(とこわか)にして
津軽野に清(すが)しく立てる岩木嶺ねよ霊山といふも宜うべにそあれ

 十一月九日
どんな地位にある人でも、一旦盲目になったら、あんまになる他に途はない。
それ故一刻も早くそこまで身を落とさねばならぬ―これが三十代の半ばにおけるわたしの自覚の一支柱でした。

 十一月十日
人間は真に覚悟を決めたら、そこから新しい智慧が湧いて、八方塞がりと思ったところから一道の血路が開いてくるものです。

 十一月十一日
知識の完全な模倣物より、自分が躰でつかんだ不完全知の方が、現実界でははるかに有力である。

 十一月十二日
この世では、総じてキレイごとで金をもうけることはむつかしい。
これ現実界における庶民的真理の一つといってよい。

 十一月十三日
  西晋一郎先生
現うつそ身の人の形に生あれましてもろもろ人に道示させし
みいのちに触りせざりせばおぞの身のいのち如何にか生きむとやせし

 十一月十四日
名利の念を捨てることは容易でないが、それはとにかくとして、少なくとも名利というものが絶対的でない事を知らせて下すった方こそ、真に「開眼」の師というべきであろう。

 十一月十五日
師は居ながらにして与えられるものではない。
「求めよ、されば与へられん」というキリストの言葉は、この場合最深の真理性をもつ。

 十一月十六日
「智愚一如」の真理を身に体するのは、容易なことではないが、一応分らせて頂いたのは、河上肇博士の宗教の師で、「無我愛」の行者の伊藤証信さんからでした。

 十一月十七日
知っていて実行しないとしたら、その知はいまだ「真知」でない―との深省を要する。
無の哲学の第一歩は、実はこの一事から出発すべきであろうに―。

 十一月十八日
地上の現実界は多角的であり、かつ錯雑窮まりない。
随って何らかの仕方で常にシメククリをつけねば仕事は進まない。
そしてそれへの最初の端緒こそ、ハキモノを揃えるしつけであって、それはやがて又、経済のシマリにもつながる。

 十一月十九日
分を知るとは自己の限界の自覚ともいえる。
随って人間も分を自覚してから以後の歩みこそほんものになる。
だが才能ある人ほど、その関心が多角的ゆえ、「分」の自覚に入るのが困難であり、かつ遅れがちである。

 十一月二十日
分を突きとめ 分をまもる。

 十一月二十一日
人間の真価を計る二つのめやす―。
一つは、その人の全智全能が、一瞬に、かつ一点に、どれほど集中できるかということ。
もう一つは、睡眠を切りちぢめても精神力によって、どこまでそれが乗り越えられるということ。

 十一月二十二日
すべて一芸一能に身を入れるものは、その道に浸りきらねばならぬ。
躰中の全細胞が、画なら画、短歌なら短歌にむかって、同一方向に整列するほどでなければなるまい。

 十一月二十三日
声は腹より出すものなり。
座談に至るまで、その一語一語が腹より出づるに到れば、これひとかどの人物というべし。
それには常に下腹の力の抜けぬ努力が肝要。

 十一月二十四日
我執とは、自己の身心の統一が得難く、その分裂乖離(かいり)の結果、心が欲望の対象に偏執する相といえる。
それゆえ、およそ「修業」の根本となるものは、いずれも身・心の相即的統一を図る工夫を念とする。

 十一月二十五日
人は他を批判する前に、まず自分としての対策がなければならぬ。
しかも対策には何よりも先ず着手点を明示するを要する。
この程度の心の用意なきものは、他を批判する資格なしというべし。

 十一月二十六日
今や東京は、その人口が世界最大のみならず、政治・経済・文化等の一切を貪り集めている。
そのうえ、文化の伝達機関たる出版までも独占し、ためにアメリカ風の浮薄な文化が、今や全国的にまんえんして、ほとんどその極に達せんとしつつある。
これ私が「遷都論」を唱えざるを得ないゆえんである。

 十一月二十七日
学問や思想の世界においてさえ、真に自分の眼で物を見、自己の頭でその真偽・優劣を判断せずに、広義の世評を基準としてしか物の判断のできない人が多いということは、真に嘆かわしい極みである。

 十一月二十八日
交通機関の速さが、今後人間関係をいよいよ複雑にし、かつ刹那的にするであろう。
ではそうした狂燥的な社会にいかに対処するかが問題だが、これも根本的には各自が「腰骨を立てる」以外に途みちはあるまい。
というのも結局は、自己の主体的統一を堅持する以外に途はないからである。

 十一月二十九日
人間は
(一)職業に対する報謝として、後進のために実践記録を残すこと。
(二)この世への報謝として「自伝」を書くこと。
随って自伝はその意味からは一種の「報恩録」ともいえよう。
(三)そして余生を奉仕に生きること。
これ人間として最低の基本線であって、お互いにこれだけはどうしてもやり抜かねばならぬ。

 十一月三十日
冬に入る日本海のすさまじさ潮騒しおざいの音を聞きにけるかも
陽の落ちて暗くしなれるこの岸に打ちとよもせる潮騒の音 (石見の海)