渡辺和子さんの言葉

人は誰でも十字架と呼ぶものをいただいているものです。
いやな人、いやな仕事、苦しい人間関係、病気、自分の性格等。
それから逃げないで、それが存在することから目をそむけないで、その十字架を取り上げ、担って行くこと。
自我、プライド、怠け心といった「自分」を捨てて、ひたすら、その十字架を担って行くこと。

安楽な道を求めるよりも、強い人となることを求めしめたまえ。
自分にふさわしい仕事よりも、与えられた仕事を果たすに必要な力を求めしたまえ。

頭で許していても、心ではなかなか許せない時があるのだ。
そして私は、人間は神様と同じように許さなくてもいいと思ってる。
つまり心底から許せない苦しみ、もどかしさがあってもよい。
いやむしろ、そういう自分の弱さを受け入れること自体が「許し」の一部分を構成してるように思えるのだ。
こういうこだわりと私たちは一生の間、ともに過ごしていかねばならないのではないか。