瞑想宗教の進化生物学的転換

進化生物学的なものの見方

かって(10年以上前)、ダニエル・デネットの本をパラパラと読んでいて、「現代の人文科学(人間科学)にとって、フロイトの無意識の発見などより、ダーウィンの進化論と云うアイデアの破壊力の方が深いし、大きい」と云う著述に出会い、「ふ~ん…そんなもんかなー」くらいの感慨しか受けなかった私ですが、(「いまごろ」とか、「いまさら」とか言われるかも知れませんが)、ここのところ(数ヶ月間)、自分のなかで「進化論的転換」とでも言うべきモノの見方の変換が起こっており、いまでは、「現代において、瞑想とか人間の意識の問題を考えようとするなら、進化論(進化生物学、進化心理学、そして地球(宇宙)科学)の知識は欠かせない」と考えるようになっています。

これは、いわゆる「アセンション噺」とか「輪廻転生噺」とかとは違った話で、逆に「なぜ、人間は、霊的進化とか生まれ変わりとか、何の根拠も証拠も無い話を通文化的に信じてしまっているのだろう? その観念を持つことの生存における優位性(価値・役割・意味)は何なのだろうか?」と云う問いから始まります。

系統樹 – Wikipedia

進化生物学 – Wikipedia

進化論 – Wikipedia

『進化心理学入門』

『進化と人間行動』

『NHKスペシャル 地球大進化 46億年・人類への旅 DVD-BOX 1』 2も

『生物進化を考える』 (岩波新書)
派手じゃないけど、じっくり読ませる良い内容です。

『人類進化の700万年』 (講談社現代新書)
特に第6章「遺伝子から探る」が面白かったです。

人類進化の700万年/三井 誠: コンテナ・ガーデニング

俺みたいな文系素人が進化論を面白がるための約20冊 – 万来堂日記2nd

『松井教授の東大駒場講義録― 地球、生命、文明の普遍性を宇宙に探る』

p.227「地球の未来」より

では未来はどうなるか。結論を先に言うと、地表温度を大気中の二酸化炭素濃度で調節する地球システムのメカニズムは、あと五億年ぐらいしか続きません。

生態系は、光合成植物による有機物合成が基本になっていますが、五億年後には二酸化炭素濃度が低くなりすぎて、現在の生態系は維持でなくなります。つまり、あと五億年で、地球上から生物圏が消えてなくなるのです。

二酸化炭素濃度が現在の十分の一と云うレベルになると、太陽の温度上昇を大気中の二酸化炭素でコントロールすると云う地球の応答メカニズムも機能しません。

→気球の金星化

→50億年先には、膨張した太陽の表層は地球の軌道付近にまで達し、その結果、地球はどろどろに融けてしまします。

表面だけでなく、地球全体が融けて蒸発し、ガスとなって銀河系宇宙へ散っていく。これが地球の未来です。
ここに至るまでの段階で、地球システムの構成要素として最初になくなるのは、たぶん人間圏でしょう。
次いで生物圏が失われ、その後、海、大陸と、これまでの地球史で分化してきた物質圏が、その誕生順とは逆の順で消滅し、より均質な最初の状態に戻っていくと云うのが地球の未来のシナリオです。
我々人類のの存在と云うことで言えば、たとえ生物圏の種の一つとして生き残ったとしても、あと五億年で失われてしまいます。

『宇宙は何でできているのか』 (幻冬舎新書): 村山 斉

輪廻思想は、生物的進化に有利であったから残ったと云うこと。
「本当だから」みんな信じるではなく、「信じる遺伝子の方が生存的に有利であったから、淘汰され、残ったのだと言うこと。

進化生物学の視点を宗教的な事象(輪廻という観念や、自然現象の後ろに意味(意思)を見出そうとする人間の傾向性など)に当てはめて考えてみることを思いました。

『病気はなぜ、あるのか―進化医学による新しい理解』
ランドルフ・M. ネシー, ジョージ・C. ウィリアムズ

病気はなぜ、あるのか
http://www.shin-yo-sha.co.jp/mokuroku/books/4-7885-0759-5.htm

進化医学 – Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%80%B2%E5%8C%96%E5%8C%BB%E5%AD%A6

『病気はなぜ,あるのか?』 – 本を愛する医者のブログ
http://d.hatena.ne.jp/nakamurakaoru/20080814/1218698294

病気はなぜ、あるのか – めざせ、ブータン
http://blog.goo.ne.jp/pgpilotx/e/6cb14d7334434a12872da545d9eca4bd

病気はなぜ、あるのか(進化医学による新しい理解): 治験おすすめ書
http://horai-med-book.seesaa.net/article/46385128.html

『人間行動に潜むジレンマ―自分勝手はやめられない?』
非常に良い本です。オススメです。

通時的な見方と共時的な見方

共時的な見方(共時態)とは、

非歴史的、静態的な構造
時間の影響抜きにした同時性の軸
時間軸に対して垂直に断ち切る(静態的)
時間軸上の一点において、複数の対象が互いにどのように異なっているか(もしくは似ているか)を眺める視点

通時的な見方(通時態)とは、

対象を時間的・歴史的な変化の相にしたがって、時間軸上における歴史的変化として、
歴史的時間の流れにそって、対象がどのように変化するか、
時間の流れに沿って変化するものとして見る、その変化を時間軸に沿って眺めていく視点

フェルディナン・ド・ソシュール – Wikipedia

歴史的な認識

宇宙誕生の歴史
生物の進化の歴史
人類の歴史
文明の歴史
科学の歴史

「広大な宇宙の片隅の、そのまた片隅の、地球という星の下に生きるまったく無力な人間が、その思考力だけを頼りにして宇宙全体の成り立ちを考え、そのなかで生きている自分の位置と意味とを自力で反省してみる。これは間違いなくパラドキシカルな企てである」。本書冒頭にある著者の哲学に対する見方のひとつだが、なかなか広大な視座でぐっと心をつかまれた。この矛盾をはらんだ壮大な知的営為の歴史について、著者とともに考えてみたい方は是非本書を手に取られたい。

『世界でいちばん美しい物語』 エピロ-グ 人類の未来

ドミニク・シモネ― 150億年の進化、そしてわずか数千年の文明の果てに、私たちは今こうして存在しています。ビッグバン以来の進化によって、たえずより複雑な構造体が生み出され、私たち自身が、いわばその白眉でもあるわけですが、進化の過程というのは今なお続いているのでしょうか。

ジョエル・ド・ロネー 素粒子、原子、分子、高分子、細胞、原始多細胞生物、個体群、生態系、そして、いまやその身体諸機能を外在化しつつある人類。
もちろん進化は続いています。
しかし、今では、それはとりわけ技術的社会的進化です。
文化が生物学的進化に取って代わったのです。

― 私たちは今、生命の出現時にも比すべき転換期、大きな歴史の曲がり角に立っているわけですね。

そうです。
宇宙的、化学的、生物的段階の後、第4幕の幕が開いて、これからの人類がそれを演じていくわけです。
私たちは集団的な自己意識に到達したのです。

― 第4幕は、どのようなものになるのでしょうか。

私たちは今、新たな生命形態、全地球規模のマクロ有機体を生み出しつつあると言えます。
この有機体は、生物の世界と人間の生産活動とを包括し、それ自体進化していくもので、私たちはそれを構成する個々の細胞に過ぎません。
それは、インターネットを萌芽とする神経系を持ち、物のリサイクルという代謝機能を備えています。
さまざまな相互依存システムから成る、この全地球規模の脳が、人々を電子の速度で結合させ、物や情報の交換形式を一変させつつあるのです。

― 比喩を続けるなら、自然淘汰ではなく、文化的淘汰が、いまや遂行されているわけですね。

そう思います。
私たちの発明品は突然変異に相当します。
この技術的社会的進化の速度は、ダーウィン的な生物進化とは比べものになりません。
電話、テレビ、自動車、コンピュータ、人工衛星、これらはみな人間が創り出した新しい「種」なのです。

― そして、人間が淘汰も行うのですね。

そうです。
たとえば市場とは、発明品の種を選択し、排除し、増殖させる、ダーウィン的システム以外の何でしょうか。
ただ、生物学的進化と大きく異なるのは、人間は抽象の世界で新しい種を幾らでも好きなだけ作り出せると云うことです。
この新たな進化は、非物質化しつつあるのです。
人間は、現実の世界と想像の世界との間に、仮想現実という新たな世界を作り出し、その結果、人工の世界を探求することだけでなく、まだ存在していない製品や機械を作ってテストすることさえできるようになりました。
ある意味で、この文化的技術的進化は、自然の進化と同じ「論理」に従っているのです。

― では、複雑系の運動はまだ続いているのですね。

ええ。
ただ、物質の重いくびきからは少しずつ解放されていきます。
私たちは、いわばビッグバンの時点に再び戻ったのです。
150億年前のエネルギーの大爆発というのは、テイヤール・ド・シャルダンのいう「オメガ点」、つまり物質から解放された精神の爆縮を、そっくり裏返しにしたようなものです。
あいだの時間を考慮に入れなければ、この二つは区別できないほど似ています。

― とは言え、時間を忘れることは、とりわけ私たちのかくも短い人生の時を忘れることは簡単ではありません。
個々の人間が、自分を超える地球規模の有機体のなかに単なる細胞として組み込まれてしまうのであれば、個人にもなお未来があると言えるのでしょうか。

勿論です。
私は、人間は、まだまだ自らを改善していけると思います。
個々の細胞は、集合して社会を構成したときのほうが、孤立して生きるときよりも大きな個体性に到達できます。
マクロ組織化の段階は、たしかに世界全体の画一化の危険を伴いますが、多様化の萌芽も含んでいます。
地球がグローバル化するほど、内部の分化も進むのです。

― 生物学者の立場から、進化とか脳とか突然変異とかの言葉で現代の社会を説明なさっているわけですが、比喩を現実と取り違える危険はないでしょうか。

生物学から社会の解釈を導き出すことはできません。
そんなことをしたら、容認しがたいイデオロギーに帰着してしまいます。
そうではなく、生物学が私たちの思考に新たな活力を与えられると云うことです。
今世紀初頭には、歯車や時計など機械による比喩が盛んに用いられましたが、現在の状況を捉えるには、有機体の比喩がいちばん有効だと思います。
もちろん、文字通りに取らないとしての話ですが。
たとえば、いま形成されつつある地球規模の有機体は、私たちの身体機能や感覚の外在化であると言えます。
テレビは視覚の、コンピュータは記憶の、交通機関は足の延長なのです。
しかし、大きな問題は、私たちが、このマクロ有機体と上手く共生していけるのか、それとも寄生者に甘んじて、私たちを支えるこの宿主を破壊してしまうのか、と云うことです。
選択を誤れば、経済、環境、社会、いずれの面でも深刻な危機に陥りかねません。

― どちらの方向へ向かうと思われますか。

現在、私たちは、さまざまなエネルギー資源や情報や資材を自分のために消費し、そこから出る廃棄物を周囲の環境に撒き散らして、そのつど、私たちを支えてくれる生態系に打撃を与えています。
私たちは。自分自身の寄生者とも言えます。
先進国の繁栄が発展途上国の成長を阻むことによって成り立っているからです。
もし現在の道をたどり続けるなら、間違いなく私たちは地球の寄生者になってしまいます。

― では、そういう事態を回避するには、どうすれば良いのでしょう。地球環境の保護ですか。

大切なのは、ノスタルジックな環境保護論者が主張するように、保護区を作って、その囲い地に生物種を閉じ込めておくと云うようなことではありません。
そうではなく、地球とテクノロジー、生態環境と経済とのあいだに上手く調和を見出せるかどうかです。
危機を回避するためには、これまで語ってきたような複雑性の進化に関する知識から教訓を引き出すことが必要になるでしょう。
私たちがたどってきた歴史を知ることによって、現実に対して必要な距離をとり、自分たちのしていることに一定の方向、意味づけを与え、これまで以上の叡智を獲得することができるようになると思うのです。
私個人は、集団的知性の発展、科学技術におけるヒューマニズムと云うものを信じています。
その気になりさえすれば、私たちは人類の新たな段階に冷静に対処していけるだろうと思います。

『世界でいちばん美しい物語』 p.210-214

……

アメーバ(体表の接触感覚のみ)からはじまり、五感を手に入れた人間。

神 唯一者の身体

宇宙とは、得体の知れない一匹の生き物の体内なのではないのか?

ミクロの方向にもマクロの方向へも、無限の入れ子構造

『祖先の物語 ドーキンスの生命史 下』

ミクソトリカの物語 P207~
シロアリの腸に存在するミクソトリカがさらに複数の個体の結合でできていることから、複数種が組み合わさって多細胞生物を構成する一例について。
ミクソトリカは鞭毛と繊毛を両方持っており、それらは元は別々の生物であったことが推測されている。

「シロアリの腸内に住む微生物の数は、シロアリ塚のなかに住むシロアリそのものの数と同じほど、そして草原に分布するシロアリ塚と同じほど豊かである。
もしシロアリ塚がシロアリの町だとすると、それぞれのシロアリの腸は微生物の町である。
ここには二つのレベルの共同体があるのだ。
しかし、もう一つ、第三のレベルがあり、その詳細は全く驚くべきものである。
ミクソトリカ(腸内の微生物)自身が一つの町なのである。」
P301


スピノザ的な、宇宙=神とゆう考え方はアウトなのか?
無機質だが、全て物の創造者
思考も性格もないが、存在はする

すでに宇宙と名づけられたものをわざわざ神と呼んで誤解を誘う必要が?

そもそも昔の人間は宇宙の存在を良く知らなかったから神と呼んだ
しかし、現代は分かるから、意思の無い世界を宇宙と呼び直した

『ポスト・ヒューマン誕生―コンピュータが人類の知性を超えるとき』より

p378

【未来派のバクテリアの友 紀元前20億年】

もう一度、将来についての君の考えを聞かせてくれないか?

【未来派のバクテリア 紀元前20億年】

そうだねえ、バクテリアはひとまとまりになって社会を作っていると思う。
単細胞のバクテリアの集まりが、大幅に能力を増強された、複雑で巨大な単独有機体のように作用するんだ。

【未来派のバクテリアの友】

なんで、また、そんなことを?

【未来派のバクテリア】

仲間のダプトバクターのなかには、すでに他の大型バクテリアの中に入り込んで、ちょっとしたコンビを組んでいるものがいる。
それぞれの細胞が自分の機能を特化できるよう、我々の細胞仲間がひとつにまとまるのは必然なんだ。
だが今のところは、何でも自分でこなさなければならない。食物を見つけ、消化し、副生物を排出して、といった具合に。

【未来派のバクテリアの友】

それで、どうなるの?

【未来派のバクテリア】

全ての細胞が、君と僕がやっているような、ただの化学勾配による交換を超越して、お互いにコミュニケートする方法を考え出すんだ。

【未来派のバクテリアの友】

ふうん。将来、10兆もの細胞が巨大集合体になるくだりを、もう一度聞かせてくれよ。

【未来派のバクテリア】

僕のモデルによると、あと20億年くらい経てば、10兆の細胞でできた巨大社会が単独の有機体を構成する。
そのうち、極めて複雑なパターンで、互いにコミュニケートできる特殊な細胞も何百億とあるんだ。

(中略)

【未来派のバクテリア】

こういう風に考えてみよう。
このスーパー細胞の社会は、自分たちの組織が理解できるくらい複雑だ。
自分の設計を、より良いものへ、より速いものへ改善できる。
そして、周囲の世界をイメージ通りに再形成する。

【未来派のバクテリアの友】

ちょっと待った。それじゃ、いまのバクテリア社会は無くなる、ってことみたいだが…

(中略)

【未来派のバクテリア】

大きな一歩を踏み出すことになる。
それがバクテリアとしての僕たちの運命だ。
それに、僕たちのように、ふらふら漂う小型バクテリアも、まだ居るだろう。

テクノロジーを創造する種へと進化するのはバクテリアの宿命だった。
今度は、巨大な知能を持つ特異点へと進化するのが私たちの運命なんだ。

—–
p.521

進化の流れは、複雑性、優雅さ、知識、知性、美、創造性、それに、愛といった微妙な属性、その全てを一層深める方向に進んでいく。ありとあらゆる一神教の伝統において、神はその全てを有し、しかもいっさいが無限である -- 無限の知識、無限の知性、無限の美、無限の創造性、無限の愛をもつ -- と説かれてきた。もちろん、加速しながら進んでいく進化でさえ、無限のレベルに達することはとうていできない。しかし、指数関数的に急激な進歩をとげながら、進化は確実にその方向へ進んでいる。進化は、神のような極致に達することはできないとしても、神の概念に向かって厳然と進んでいるのだ。したがって、人間の思考をその生物としての制約から解放することは、本質的にスピリチュアルな事業であるとも言える。

人間は、インストールされた物語に影響されたまま人生を過ごす動物だ。
しかも、すでに取得した物語に親和的な物語ばかりを摂取したがったりする。
ポスト・ヒューマン誕生という物語に、拒否感を感じるか、親和感を感じるか、その違いは自分の中のどんな既存の物語が原因になっているのか。
人間の幸不幸は、テクノロジーに関わらず、その者が取り込んだ物語しだいだ。

『ポスト・ヒューマン誕生―コンピュータが人類の知性を超えるとき』

『ポスト・ヒューマン誕生』、不老不死はすぐそこに!?:日経ビジネスオンライン

レイ・カーツワイルの未来予測が凄まじい件 – 誰が得するんだよこの書評

レイ・カーツワイル『ポスト・ヒューマン誕生』の凄い未来予測 | こどものもうそうblog

“人類が石の道具や火、車輪などの技術を生みだすまでは、さらに数万年を要しただけです。16世紀に誕生した印刷技術は普及するのには百年ほどしかかかりませんでしたし、現代の携帯電話やミュージックプレイヤーは数年単位で普及しています” P14

“かつてのコンピュータは、大きな会議室ほどの大きさがありましたが、今ではわたしたちのポケットに入ります。それが衣服のなかに組みこまれるのは、もうすぐのことです。そして、より小さくなり、パワーを増したコンピュータは、次にわたしたちの体内に入ってきます” P49

“人間はみな非常に似た構造の脳をもっていて、すべての人類における遺伝学的な多様性は、ヒヒの一群の多様性よりも少ないのです”P58
“2020年には1台のコンピュータがひとりの人間の知性を凌駕する。そして、2045年には人間の知能の10億倍の能力をもった人口知能が登場し、人類とテクノロジーの関係が「特異点(人間の能力が根底から覆り変容するとき)」に達するという” P64

指数関数的成長理論

数億年前の生命の起源から、人間と機械が融合をはじめる数十年後の「特異点」をへて、究極的には「宇宙が覚醒する」という壮大なシナリオは、夢想と紙一重である。

ポスト・ヒューマン誕生というテクノロジー礼賛の物語 [科学に佇む心と身体]

非常に刺激的な未来予測, 2007/3/6

技術や知識は指数関数的に増大するという特性から未来技術は世の中の予想を越えて急速に進むとし、多くの読者が生きているうちにナノテクノロジーとAI技術が結びついた新しい世界を目撃するという。その予測は宇宙全体に知能が広がっていくという少々突拍子もないところまで進むが、予測には説得力があり、飽きさせない。

予測の内容は本書を読んでもらうことにして、非常に気に入った着眼点について述べたい。人間はしばしば遠い未来の予測を間違えるという。それは人間の未来予測が線形的(2倍、3倍、4倍・・・)なのに対して技術が指数関数的(2倍、4倍、8倍・・・)と進むので、実際には予測をはるかに越えて技術のほうが進むという。これは、まあ、いい。

はっとしたのは、同じように近い未来の予測も間違えるという指摘だ。なぜなら、近い未来では技術の進み具合が指数関数的に遅いからだ(1/2倍、1/4倍、1/8倍・・・)。したがって近い未来では逆に人間の期待の方が実際の技術進歩を上回ってしまう。これがときとしてバブルが発生する原因であり、また遠い未来を予測するときに間違える原因にもなっているというのは非常に鋭い。

p35

この事象のあと何が来るのだろうか?
人間の知性を超えたものが進歩を導くのなら、その速度は格段に速くなる。
そのうえ、その進歩のなかに、さらに知能の高い存在が生み出される可能性だってないわけではない。
それも、もっと短い期間のうちに。
これとピッタリ重なり合う事例が、過去の進化の中にある。
動物には、問題に適応し、創意工夫をする能力がある。
しかし、たいていは自然淘汰の進み方の方が速い。
言うなれば、自然淘汰は世界のシミュレーションそのものであり、自然界の進化スピードは自然淘汰のスピードを超えることができない。
一方、人間には、世界を内面化して、頭の中で「こうなったら、どうなるだろう?」と考える能力がある。
つまり、自然淘汰よりも何千倍も速く、沢山の問題を解くことができる。
シミュレーションを更に高速に実行する手段を作り上げた人間は、人間と下等動物が全く違うのと同様に、われわれの過去とは根本的に異なる時代へと突入しつつある。

「ヴァーナ・ヴィンジ ― テクノロジーの特異点(1993)」