私の内観体験記 30代女性

* この体験記は、屋久島時代のものであり、現在(広島県 宮島)とは、設備・環境等に違いがあります


◆ 研修の動機

私はこちらに来るまで、自分に自信が無く、嫁ぎ先の家業である農業も充分に手伝えない、嫁として失格な人間であるような気がしていた。
その不安を、周りの家族にぶつけ、それが跳ね返ってきて、さらに落ち込む。これが続いていた。
精神科にも行ったが、「何かが違う。もっと根本的な何かがあるはずだ」と感じていた。

そんなときに「内観」と云うものがあると知り、研修所のホームページに辿り着き、電話で霊基さんと話をし、無理をお願いしたが3月29日~4月6日までの期間で「内観コース」をお願いした。

急いで、往復の交通機関を調べ(結局、時間がないため、飛行機を選んだ)、予約し、支払いも済ませ、考えた。

自分の真の問題、今回の内観の目的、本当に解決したい問題は何か?

さしあたり困っていることは、

1、自分の親(父、母)との「親子関係」
2、主人の母・姉(姑・小姑)との「嫁姑関係」
3、自分の娘との「母子関係」

この三つの「親子問題」

それと、もうひとつ。
何かにつれ出てくる「自分なんて、どうなってもいい」って云う気持ち。
そういうのを「自尊心(セルフ・エスティーム)の欠如」と云うらしいが、自尊心なんてのは見当がつかない。
まして、どこかで売ってる訳ではないから、余計やっかいだ。

で、「内観の目的」とは、どうなりたいか、ってことか…
それならば「幸せで楽しい人生」と、「三組の親子問題の解決」だ。

霊基さんに事前に済ませてくるようにと言われていた、ライフチャート(自分の人生の履歴書)作りは難しかった。
記憶が曖昧で、書いては追加し、追加しては直しで、2日かかった。
夜に変な夢を見てうなされるオマケ付きだ。
そして、荷物をまとめ、29日を待っていた。

◆ 研修開始

3月29日

飛行機を乗り継いで屋久島に到着。
屋久島に着いて会ったのは、以外の普通の人だった。
もっと修行僧っぽく厳しい感じの人かと思っていた。
人見知りの私でも、普通に会話ができる感じ。
この人なら大丈夫、私の心を聞いて貰える、と、なぜか安心。

その日は遅かったので内観せず、研修所の設備などの説明を受け、すこし身の上話をして就寝。

3月30日

いよいよ内観開始。
母から始めるのかと思っていたら、霊基さんの判断で、私の最も心を許している好きな対象である、主人から。
出会いから3年ごとに思い出し、「して貰ったこと」「して返したこと」「迷惑かけたこと」の三つに仕分け・分類していく。

思い出すのもツライ嫌なことも、忘れていたような気持ちも思い出した。
いま、この文章は最終日に書いているが、この頃は、まだ「こんなことがあり、こんな気持ちでした」と小学生の一言日記的な内観であった。
それでも霊基さんは「うん、うん、良くできてるね」と褒めて下さった。
ハイ、私は、褒めてもらえると、ガゼン頑張ってしまうのであります!!
思い出しながら目を瞑ると、主人の笑顔が浮かび、涙がこぼれた。

その後、霊基さんの判断で「嘘と盗み」を調べる。
書き出していくと、ウソの量・質共に酷く悪く、ゲンナリする。
だが、自分がどんな時にウソをつくかと云う傾向がわかる。
そうか! 冷静な時に見ると納得。
それを、生誕~現在まで。
なんと、3歳の時のウソ鮮明に思い出す。
「こんなん、忘れててくれよ(汗)」と思うが、全て自分のやった事実。
霊基さん曰く、「普段思い出せないだけで、人間は、幼少期からの全ての記憶を心の地下ライブラリーのなかに保持している。ただ、普通アクセスできないだけ。内観が進んでくると、それらがズラズラと芋を掘り出すみたいに出てくる」。
研修の最後辺りになって「…本当だ。こんなことまでも覚えている」とビックリすることになる。

3月31日

前日の続きの「ウソと盗み」を済ませ、いよいよ本丸、天王山へ。
母に対しての内観である。

「して貰ったこと」…あるかな?と疑っていたが…あった!
目を閉じて、暗い中、パッと映し出された風景。
家の寝室で、若い母と幼い私が居る。
そうだ、寒い日は毛布でくるんでくれたっけ。
無性に涙が出る。
泣いてるつもりはないのに。
難しい時期に来ると、急に映像が出なくなる。
はっきり言うと、自分が荒れていた時期の記憶は客観的な映像では見えず、そのときの否定的な感情だけが噴き出してきて、私を襲う。
フラッシュバックとは、こんな感覚なんだろうか。
とても、内観を進められる状態ではないと判断してくださったのか、この日は、早めに内観を終了し、ボディワークをして貰って、そのまま休む。
さてボディワークとは何ぞや?と思った。
私の言葉で言うなら、マッサージとリハビリの合わせ技。
霊基さんのマッサージで体を緩め、リハビリのように簡単な動きを繰り返す。
かなりグッタリで動きたくはないけれど、これくらいなら出来る。
終わったら、なんと楽なこと!!
まるで機械にオイルを差したよう!
「生きるのも、本当はこのくらい楽なんだよ」、この一言が心に残った。

4月1日

昨日の霊基さんからのアドバイス―「内観に上手く入れないなら、母親の嫌なところを全てノートに箇条書きにしてみる。そうしてから感情を吐き出しておいてから、内観に戻るのも有効」とのこと。
朝起きて、すぐ書き出す。
書いてて、ふと思う。
これ、私もあるある。
有る有るネタなら笑えるけど、嫌いなところ(悪い部分)が有る有るでは笑えない。
朝から、ドヨーンと考えてしまう。窓の外は、いい天気なのにネ。
面接のとき、「他人の言動に関する決定論的理解」についてのプリントを貰う。
なるほど、親も私も、よく考えても、幾ら悩んでも、現実にあったこと以上のもっと良い選択肢はなかったのか…
だんだん母へ対する感情が変わる。
「何でこんなことをしたのか」が、「これしかできなかったのなら仕方がないか」へ。

怒りの感情が消えたら内観が進む。
いきなり、母の視点から自分を見ている映像に反転する。
―「楽しそうに笑っている。良かったね」
そのときだ、感謝が流れ出た。涙と一緒にとめどなく出てくる。
ああ、そうか! 母も、ただ無知な子煩悩だったのだな。
嫌いになってした仕打ちではなく、考えた末の決断であったのだな。
このとき、私のなかの何かが変わった。

夕方から、義理の母・姉に対しての内観をする。

ああ、私のこと、最初は可愛がってくれていたんだ…
でも、私がこんなことをしてしまって、相手の心が離れた(変わった)のか…
だから、こういう行動・言い方になったのか…
推理小説の謎解きのように、パズルが完成した。
ああ、嬉しい、楽しい!
みんな私を愛しているからこそ、待っていてくれてるんだ。
自尊心が芽生えた気がした。

4月2日

昔の夢を見て起きる。嫌な起き方だ。
この日は、娘に対しての内観。
私なんかの娘が、この子で良かった。
だって、私が親なのだ。小さい頃の私のような子どもを育てても、上手く育てられるはずが無い。
逆に、この子に支えて貰っているのを実感した。
帰ったら、一緒にwii(ゲーム)しよう♪ 私苦手だけど。

その後、父に対しての内観と養育費の計算。
なんと、私は、両親に8000万円もの借金を作って、ぬけぬけと生きていた。
金額に唖然とする。
父に対する自分を見ると、父の気持ち・心の動きが予想できる。

そして、その予想は外れてない自信が、なぜかある。
このときは、心配していた…
このときは、呆れていた…
このときは、気持ちが冷めていた…
父と母の不仲の原因は、この私であった。
父よ、すまなかった。

4月3日

コツを掴んだので、再度、主人に対する自分を見る。
深まるか? なんて疑いは、ふっ飛んだ。
こんなに私に迷惑をかけられ、私に尽くしてくれ、それでも私は大したことも返さず。

主人の思いの深さ・大きさに驚く。
このお礼はせねば、死ぬに死ねない。

午後は、再度の母。
9歳までは見たが、叩かれ踏まれる場面から進まず。
恐怖のみがあった。なぜ?なぜ私だけにこんな事をするの?
この日は、疲れ切って頭が痛くなり、ここまでで休ませて貰う。

4月4日

昨日の続き。母に対しての自分を見る。
やはり途中で止まってしまう。
「怖い、なぜ?」のみが浮かぶ。
霊基さんの判断で、一回感謝まではいったので、これ以上は追わずに止めましょう、とのこと。
一旦、研修を切り、中休みでヤクスギランドへ。
屋久杉ランドは、名前から想像されるようなファンシーな夢と魔法の世界…では、全然無かった。
野生的な、悠久の時のなかの過酷な木々の戦いの現場であった。
倒れる、生き残る、生まれる、朽ちていく―
人間世界よりも、もっと熾烈な戦いかも知れない。私が種ならば、育っていただろうか?いや、本当に人間で良かった。
小さい子どもよりも、心の折れそうな大人にオススメである。

4月5日

さて、丸一日内観できるのは今日が最後。
集中するぞ!と思いきや、腹痛(生理痛)で集中ならず。
でも、この状況を肯定的に考えると、こうなる―
「午後に集中するために、今はしっかり休もう」
うん、よし寝よう!

仮眠から目を覚まし、昼食を頂いた後、「ウソと盗み」を一気に調べる…うん、集中できる! やった!
最後の8時間ほどで、生誕~現在まで調べ進む。
しかし、3歳児の時点で、すでにしっかりと考えたうえでウソをついている私…
さすが、私、よく考えている、と言いたいが、ウソつくなよ(汗)…
何気ないウソが、何人も何十人もの人に影響し、
出来心の盗みが、今日まで尾を引き、自分を生き難くしている、と云う現実を見、薄ら寒くなった。

もう出来ない! 我慢するとかじゃなく、もう無理!もう嘘は言えない。
予定より少しはやく終わり、カラダが凝っていたのでボディワークをして頂く。
その後、深夜に私の最後のリクエストで、海の温泉(平内海中温泉)につれていって貰った。
初日にも選択肢に入っていたが、さすがに初日に混浴は…と遠慮した所。
最後の晩だし、この時には「霊基さんとなら安心」と思ったのでお願いしたら、快く聞いてくださった。

霊基さんが用意してくれた浴衣、グラデーションがキレイなブルーのワンピースを着て、いざ入浴!
内観をひとまず終えた解放感と、自分という存在への安堵感、そして穏やかな潮騒、十三夜の月。
とても幻想的。
ここに私が、地球と月の間で、等身大の私が自然に抱かれ、ただただ存在している感覚。

何を悩もうが何を感じていようが、自分が変わろうが変わるまいがこれは真実。
あぁ、これでいいんだ。
世界一の不幸者と思っていたけれど、何のことはない、こんなにちっぽけな一人だったんだ。

先客さんの訛りから話が広がり、広島県と山口県が隣なんだと聞き、ビックリ。
あぁ、ココでもまた知恵の無さが露呈(^-^;)

その先客さんが目の前で! マエ、カクシテΣ(×_×;)! お風呂からあがられた後は、
温泉の管理人さんが入っていたので井戸端ならぬ海岸端話。
銀河の話からオイルタンクの塗装の話まで…鉛が何%か入っていると錆びにくいんですって。

夜遅かったので恥ずかしさも薄れ、本当に映画のワンシーンの様でしばらく時間を忘れられる…
とても良い場所で、最高の研修の最高の夜でした。
彼氏と行くことをオススメします。
私も家族で、愛する主人とまた来よう♪

4月6日

最後の朝だ。
早朝、キレイな日の出が見えた。
最後の内観。
義母と義姉。
なんて身勝手な人達と思っていたが、その昔義母がされて嫌だと言っていた、同じ事を私に返している。
義母の姑しか手本がないのだ、仕方がない。
義姉に関してこんなことがあった。
義姉が、娘に書き順を教えてくださったことがある。
「間違って覚えたら修正が大変だから、最初が肝心」とアドバイスを頂いた。
しばらくして、私が義姉の子へ歴史の宿題で訂正したことがあり、その時はなんと怒って帰ってしまわれた。
「寺田屋ではなく、近江屋だよ」と、幕末好きならわかるかな? そう、これは龍馬の暗殺場所の問題。
「歴史詳しいね!!」と義姉の息子と話が盛り上がったのも、義姉には癪だったのだろう。
しかし、このムカついただけの事件からも気づきがあった。
それは「自分が見えていない故の醜さ」だ。
そして以前の私も同じ醜さで争っていた。

感想をまとめると…二人とも、家族の業(ファミリーカルマ)に縛られての言葉や態度であって、意地悪ではない、と分かった。
そして、私がなすべきことは、仕事を早く代わってやり、ジジババを楽にさせることが、私にとっても、皆にとっても、最善だと分かった。

昼食後、この体験記を書いている。

14:42 4/6(金)

霊基さん

私が、このタイミングで内観できたことを本当に嬉しく思います。
公式は、実際の計算で使えないと意味ないように、内観も現実の生活で使えないことには役に立たないのでしょう。

今の瑞々しい、この気持ちが薄れないよう日々精進する気持ちでいます。

私の第二の誕生日として忘れることはないでしょう。
ありがとうございました。