根源的懐疑の不可能性から絶対的《公案》へ

【10年位前の書きかけ草稿です いつか手を入れて仕上げます】

話の枕→
「 クリシュナムルティの教え自体をも疑え!」という、一見もっともそうな、しかし、色々な問題を含む言説

確か、どこかで、Kが「ブッダを、キリストを、全面的に、本気で、疑いなさい―あなた、本当に、疑えますか」と云う意味の発言をしているのを目にしたことがあります。

疑う「ポーズ」を取ることはできるでしょう。
が、しかし、本当に腹の底から疑うというのは、そんな容易なことではないでしょう。

私たちがせいぜいやっているのは、疑う振りはしていても、心のどこかで、疑い尽くした最後には、「やっぱりブッダは(Kは、キリストは)本物だった!」という結論―無事円成―に至ることがわかっているような「柵のなかでの懐疑、鎖に繋がれた懐疑」なのではないでしょうか。「確認実験」の如きもの…

問題は、「クリシュナムルティの教えと云えども、「彼は間違っているかもしれない」と疑う」ということ自体が、クリシュナムルティの教えの要請するものだ、ということです。

Kの教えすらも「全面的に」疑おうとすること自体が、Kの教えをもっとも忠実に実践することであったりする訳ですから、「Kの教え自体を疑う」というのは、特殊な困難さを抱えたものになります。

その「困難さ」を自覚しない所に、現在のKをめぐる対話の多くが、ちゃちなものに終わってしまう要因があるように思われます。

「Kの教えのエッセンスは「全面的懐疑」にあります。皆さん、共に「全面的に懐疑」してみませんか! 何ものも前提せず、共に考えて見ませんか!」などと言うのを聞くと、何とも云えない気分になります。

それが、「根源的な懐疑」であるのなら、まず「根源的に懐疑せよ!」という教え自体を疑わなければならないはず。
ところが、「すべてを疑え!」という教説自体を疑うなら、そもそも、〈懐疑ゲーム〉自体が始まらない。

さらに、仮に、この「メタ‐懐疑」を実践したとしても、それが今度は、メタ「メタ‐懐疑」を招いてしまうのは必然的で、そのメタ「メタ‐懐疑」自体も、それを実践するための足場を必要とする以上、その足場自体を疑わなければならず…と、結局、懐疑は「背後を取れない」ところまで遡源(遡行)することはできない、「全面的な」ものにはなり得ないのではないでしょうか。

問題はもっと深刻なはずです。

ウィトゲンシュタインの、「我々が問いを立て疑いを発するには、ある種の命題が疑いを免れ、いわば問いや疑いを動かす蝶番の役割をしていなければならない。すなわち確実なものとは、探求のなかにおいて、事実上疑いの対象とされないもののことに他ならない」、「すべてを疑おうとすると、疑う所までたどり着くことすらできない」と云うのと同じで。

疑うことを可能ならしめてる疑えないもの(源‐信憑)、観察を可能ならしめている観察できないもの―この、懐疑を支えている「透明な信念」自体を(それは、他ならぬKの教え自体であるかもしれない)摘出し、問題化することができないかぎり、Kの教えも、その実践も、「何千年も繰り返されてきたことの、また繰り返し」にしかならないでしょう。

「誰もが観察者であり、誰もが最大限の鋭さを持って、しかも、他の誰よりもよく見るのだが、しかし、ひとつの(理論的)盲点を必要としている。」 W・ジェイムス 『人間の盲目性について』

「この、完璧な理論的循環性―つまり、誰もが、特定のものが良く見え、見えないものを見ることができず、そして、見えないものを見ることができていない、ということを見ることができない。(つまり、盲点など存在していない) こうした事態そのものを、理論に組み込むということ。そこに、私の理論的関心は向けられているのです。」 N・ルーマン (共に、正確な引用ではありません)

これら、現代社会学の問題関心のほうが、よほど、クリシュナムルティの問題意識に近いのではないか、と感じます。

「自分で考えなさい、ひとの言葉をもてあそんでいるのではなく」とは、よく聞く言葉ですが、本当に、実際に、それをトコトンやってみようとしたことのあるひとは、間違いなく、「自分自身で考える」ことの“不可能性”に行き当たるのではないでしょうか。
―考えること、思考することそのものが、ひと(社会・文化・伝統)の影響によって成立したもの―影響の産物―であるのだとしたら。
今、こう云っている私の思考・観念自体が、(自分の考えのつもりでいても)結局、Kの影響なしには生じなかったであろうが如く。

周囲のひとに向かって、「だれの信者になることもなく、何を盲信することもなく、自分自身で考えよ!」などと呼びかけているひとの多くが、傍から見たら、独特の教義にハマリ込んでいるだけ、というのはよく見かける光景です。

「自分自身で考える」ことを、本気で試み、呻吟してみたことのあるひとは、必ずや、「自分自身で考える」ことの不可能性に突き当たるに違いない。

そして、この、「自分で考えることの不可能性」の自覚を待って、はじめて、Kの提起した《公案(Imposible question)》が、《公案》として機能し始めるのではないでしょうか。

「自身が全面的に条件づけらていること―〈条件づけ〉の外はない」ということの自覚から、「絶対的《公案》」に至る、というのがK自身も辿った道である、と私は理解しています。

では、この「最初で最後の《公案》」とは何でしょうか?

「精神は徹底的に条件づけられており、条件づけられていない部分などない。で、我々の問題はこうである―そのような精神が、みずからの手で、みずから自身を自由にすることができるだろうか?」

「私たちは決して不可能な問いをしません! 不可能な問いとはこれです―「心は、それみずから、みずから自身である既知のものすべてを―知識、経験、見解としての「過去」のすべてを―捨て去ることができるだろうか?」それは不可能な問いです。それに、とてつもない真剣さと情熱とで取り組むなら、たぶん、あなたは見いだすでしょう。」

「己れのなす全ての反応―一切の思考、感情、欲求が条件づけられていることを、自由な思考、自由な意志などありえないことを、精神自身が悟ったとき、何が起こるだろうか?
精神が、それ自身の条件づけの全体を悟ったとき、そのとき、その一切の運動は終わる。それは、いかなる願望も、強制も、動機もなしに、完全に静まり返る。その時にのみ、《自由》がありえる。」
       (以上、すべて正確な引用ではありません。かなり手を加えてあります。)

◎関連資料 クリシュナムルティ

この条件づけの問題
最初で最後の公案
問題と解答
知らないであること

Kにとって、この「絶対的ジレンマ」―「〈条件づけ〉―思考、過去、反応―が働いているかぎり、私は決して自由になることはできない」、「自由な思考などありえない、思考は全面的に条件づけられている」―は、眼前に迫った事実、絶対的危機であったように思われます。

「『心は条件づけから自由になることができるだろうか?』 あなたが条件づけの危険を見るとき、あたかも、それを崖っぷちか野獣に直面しているかの様に見るとき、それは、いかなる努力もなしにあなたから抜け落ちます。だが私たちは、条件づけられていることの危険を見ようとはしないのです。もしあなたが、その危険を、強烈に、生命に関わる程の強烈さで見たならば、直ちにあなたはそれを投げ捨てるでしょう。」

しかし、私たちは、それをそのようには感じていません。

故に、この《公案》は、《公案》として機能しないのでしょう。

それは、久松真一の「基本的公案」と同じことです。

「どうしてもだめなら、どうするか?」…

私たちは、どうしようもない。
どうしようもないまま、生きている。
しかし、その、“どうしようもなさ”を、“どうしようもない”と感じて行き詰まることすらできない。

*そして、この「絶対的にどうしようもない」ということと、受動的観察の関係性….只管打坐の真意

「哲学本来の方法は、解決不可能な問題を、その解決不可能のままに、明白に理解し、次いで余分のものを混じえず、それらの問題をじっと飽くことなく、何年間も、どんな望みも抱かず、ただ待望しつつ注視しつづけることにある。・・・超越的なものへの移行が果たされるのは、人間の諸能力―知性、意志、人間愛などが、ある限界に打ちあたり、その人が境界線上にたたずんで、その向こうへは一歩も進めず、しかもそこから引き返そうともせずに、自分が何を望んでいるのかもわからないで、緊張のうちに、ただ待ち望んでいる時である。これこそは、極度の屈辱の状態である。屈辱の状態を受け入れることのできぬ人には、ついに不可能な状態である。」 シモーヌ・ヴェイユ 【超自然的認識】

以上、「公案」と云う観点から光を当てた禅とクリシュナムルティ…