書評『実践インテグラル・ライフ―自己成長の設計図』

『実践インテグラル・ライフ―自己成長の設計図』  ケン・ウィルバー他
この本の購入に至ったのは、以下のアマゾン・レビューを読んだことによります。
「覚醒への修行は、肉体的な側面、精神的な側面、霊的な側面、倫理や道徳的な側面など、バランスよく進めていくことが重要で、部分に偏った修行をすると、効果がないばかりか、道をあやまってしまう危険があると思う。修行は全体的に進めていかなければならない。」
「覚醒への道は、ひとりひとり違うと思う。すぐれたグルがいれば、グルの指導にしたがっていけばいいだろうが、そうしたグルを持たない(大多数の)人は、自分の道は自分で設計し構築していかなければならない。そのために本書は絶大なヒントを与えてくれる。」
これは、ぜひ読んでみたいな、と思い購入しました。

まず、訳者の方の後書きから一部抜粋。(カッコ内は引用者による補足)
「この作品で著者たちが言おうとしていることは非常にシンプルなものです。
すなわち、人間の中には「ボディ(身体)」「マインド(理性・知性)」「スピリット(精神性・魂)」「シャドー(潜在意識・自我の影の部分)」と云う主要な4つの部分が存在しており、私たちが真に包括的・永続的な治癒と成長を実現するためには、そられ全ての領域の実践に同時並列的に取り組むことが必須となる―と云うことです。
…現在の市場には、即効的な能力開発(問題解決)を約束する無数の関連書籍や研修が存在しています。ただ、一瞥すると明らかなように。それらの大多数は、ある特定の技法や方法を紹介しながら、それこそが真の成功や成長を実現するための方法であると主張するものです。
しかし、人間とは、非常に多面的・重層的な存在であり、そうした。少数の方法だけを実践することだけでは、そこに真の治癒と成長を実現することは到底できません。
…そこでは、自己を完全に指導者や伝統に明け渡すのではなく、自身の欲求と状態を的確に把握しながら、多様な資源(リソース)を創造的に融合し活用していく必要があるのです。
…ただし、自らの判断に基づいて実践のあり方を構想しようとするとき、そこには、往々にして、既存の権威を否定して、あらゆる「型」を拒絶しようとする安易な発想に陥る危険があります。
そうした危険を回避し、世界に存在する豊穣な伝統の恩恵を統合的に活用できるためには、多様な「型」の共存を可能とする包括的な枠組みが必要となります。(この本は)、そうした枠組みを提示するものなのです。」
以上の構想の部分には、全く賛同できます。
わざわざ、この部分を打ち込んだのは、私自身が研修所の基本理念としていることが、非常に上手く表現されているからです。

以下、まだ精読していない状態ですが、ざっと眼を通しての感想を幾つか。
・ 構想自体に関しては、五つ星、実際の現時点での完成度・内容に関しては三つ星、と云う印象です。
現時点では、統合的な実践の(地図の)「叩き台」でしかないと感じます。
故に、完成された内容を期待してこの本を購入されると、がっかりされるかも知れません。
今後、この叩き台を、肯定的に、あるいは批判的に利用・活用して、更に統合的・具体的・実用的で、洗練された(そして自分用に充分にカスタマイズされた)、実践のセットを構築していくのは、私たち一人ひとりの仕事でしょう。
・ 倫理・道徳の問題に、ひとつのパートを与えている点には共感できます。
特に、禅・アドヴァイタなどの、「超・脱-倫理、社会的常識」傾向の強い伝統に、倫理的に未完成な状態で取り組み、ある程度の体験をしてしまった場合に、問題が起こりやすいように感じます。
「脱・超-倫理的、社会的実践」と同時に、倫理的な感受性を養う実践を置くことには大きな意味があると思います。
※ 研修所のコースでは、「倫理・道徳」的な部分は、主に「内観コース」で扱い、
「超・脱-倫理、道徳」的な部分には、主に「気づきの瞑想コース」「ボディワークコース」が対応しています。
・ 同じく、シャドー(潜在意識・無意識の抑圧、投射など)の問題にモジュールの一つを当てている点も評価できます。
心理療法的なレベルでの自己(自我)理解と、ある程度の問題解決は、
その先の、自我自体の解体と再構成のレベルの実践の前に(あるいは、それと並行して)為されておくべきだと思います。
※ 研修所のコースでは、これらは主に「ヴィパッサナー」「内観」「その他の心理的技法」で扱われます。

他にも幾つか触れたい点があるので、少しずつ書き足していきます。
まずは、ここまで。