統合コース 22日間 40代前半女性

過去数年間、仕事の都合で日本に在住されている中国人の女性の方の体験記です。

外国人の方の長期コースは初めてだったのですが、私自身、とても良い経験をさせてもらいました。(霊基)

研修前

会社から、長い休みを取って、修行しようと思い、 WEBで瞑想できる場所を探しました。

「気づきの研修所」のホームページが見つかり、8月8日からの瞑想コースを申し込みました。

受け入れていただいた時は本当に嬉しく感じました。
それから毎日ホームページをみて、わくわくして修行の日を待っていました。

8月8日~12日午前

やっと8月8日を迎えました。
その日は私の旧暦の誕生日でした。

午後に駅で先生と合流しました。
簡単なあいさつをしてから、本土側の先生の自宅に寄り、長靴に履きかえ、船で研修所がある宮島の裏側に移動しました。

到着後、まず設備などを案内・説明していただき、それから今回の瞑想のやり方と原理を教えていただきました。

その日は、朝から一日、ほとんど食べていなかったので、晩御飯はすごく美味しく感じました。


その後の三日間は、瞑想訓練を受けながら、断食をしました。

断食は、さしたる問題なくできました。

食べたい気持ちは全然なくて、毎日元気でした。
先生も、「結構、特殊ですね。そういう人は珍しいです」と驚いていました。


この島に来て、人生初めての体験を色々しました。
木の小屋、断食、水浴び、見たことはない昆虫、自然の沢の水…
それに先生のような修行の専門家の人と親しく話すことも初めてのことでした。

私が修行中にどんなバカなことを質問しても、いつも丁寧に納得できる答えをしてくれ、本当に素晴らしい先生だと思いました。

毎日楽しく修行を続けたのですが、先生の指導するテクニックに必要な、厳密で持続的な集中力(気持ちの張り)がなかなか作れませんでした。


ここに来てから、外世界のことを思い出すことは全然なかったのですが、10日に先生のご両親が用事で島に来られ、そのご両親の顔を見たら自分の両親のことを思い出しました。


12日からご飯が出ました。
すごく美味しかったです。

8月12日(午後)~8月20日 内観

12日午後に、面接の際、偶然に内観の話になりました。

自分はもともと内観に興味があり、一度試したいなあ、と思って、「次の研修者がいないなら、延期して、今回内観もやってもいいですか」と先生に聞きました。

先生は少し考えて「cさんは、このまま、今の調子で進んでも、瞑想は、それほど上手くいかないかもしれないですね。
先に内観をやった方が良いのではないか、と感じてました。

もし内観をやってみて充分満足できたなら、そこで終了して、瞑想コースはしないで帰っても、それでも充分価値はあると思いますよ。それくらい、いま内観をすることには意味があると思います」と言われました。

その話の流れで、いちおう、30日まで延長することに決めました。


まずは母に対しての自分について調べました。
まず、生まれてから小学入学前までの期間、そこから先は3年毎区切りでの内観でした。

母の記憶は不愉快なことが多く、面接でも、母の悪口ばかり言いました。

それが現在まで終わったあと、次は両親が今まで私のために使った養育費の計算の課題を出されました。

私にとって、この課題はとても難しく、「これは何の目的なんだろう」「計算できたら母に対しての思いは改善できるのか」とか、「やりたくないなあ」とか、イライラして、部屋で横になったり、座ったりで、課題がなかなか進みませんでした。

突然、先生が部屋に入ってきました。
私はすぐ起きあがって、坐りました。
先生はすごく怒っているようで、「さっきからずっと貴方の様子を見ていましたが、やりたくないなら、辞めてもいいですよ。やってるふり(演技)をしても仕方ないですよ」と言われました。

「これをやったらどうなりますか」と聞いたら、先生は「cさんは来てから何度も、これの目的はなんですか、これをやったらどうなりますかの質問をしていますよ」と言われました。
自分が無意味な質問をしていたことに気づいて、「すみません、わかりました。真剣にやります」と言いました。
先生は、先ほどの「どうなりますか」の質問に答えた上で、「もし疲れているなら、今日はもう休んで、明日続けましょう」と言って、部屋から出ていきました。

私は自分の態度を反省し、頑張って課題を一気にやりたかったんですが、暗くて、目が辛くて、諦めました。

翌日起きて、片づけ終わってから、もう怖い先生の顔を見たくないと思って、先生に見られないところに坐って、養育費の計算を続けました。

子供の頃の家のイメージや学校時代の教科書など、必死に思いだして、「なるほど、そういう目的かな」と思いながら、課題を完成しました。

先生を呼ぶ時、ドキドキしました。また先生が不機嫌になったらどうしよう、と心配しました。
でも、やさしい先生に戻っていました。


次は、父に対しての自分について調べました。
養育費を計算していたおかげで、父に対しての内観は順調に進みました。


次は「嘘と盗み」を調べました。

まず小学校入学以前まで、そこから3年毎の刻みで、高校卒業以降は2年毎で調べました。

しかし、自分の悪さを素直に認めることの難しさから、自己防衛的な言い訳のとても多い面接になっていたと、後に感じました。

やっと終わりました。

「今まで、自分は不幸だと思っていましたが、振り返ってみて、いつも周りの人達に庇われいて、私は本当に、神様に感謝したいぐらい幸運です」と感想を言いました。

「たくさんバカなことを聞かされ、先生は大変だなぁ。自分は絶対、こんな仕事はしたくないな」と思いました。


次は、もう一度、両親に対しての自分について調べました。

今度は、調べる角度を変えて、子供の頃の母を思い出して、母の良いところをたくさん発見しました。

疲れてきていたのかもしれませんが、高校卒業以降の内観の面接が、どんどん主題から離れていきました。

「両親に対しての自分」について調べるのではなく、いつの間にか「両親について」調べたことになっていいたようです。

先生に「なんで、私には調べていても切実な感覚が起こらないのでしょうか、真剣味がないのでしょうか、これでうまくできているのでしょうか」といった意味の質問をしました。
先生は「cさんは、「してもらったこと」「して返したこと」「迷惑かけたこと」という三項目の形にきちんと従って調べてますか、自分流になっていませんか、 今回、新たに思い出せた具体的な事実はどれぐらいありますか」と質問しました。
私は「私が自分流になっていて、それにずいぶん前に気ずいていたなら、なんで最初から教えてくれなかったんだろう」と思い、色々バカな話をして、とても恥ずかしくて、ショックでした。

しかし、先生自身が過去に10回以上の集中内観を受けていると話されていたのを思い出し、だから必ずやるべき理由があるのだろうと思い直し、少し心を整理して、内観を続けました。

最後に、両親について全体を振り返り、両親はどれぐらい私のために犠牲になり、自分は今まで、どれぐらい両親に迷惑をかけたか、逆に、私が親孝行したこと、何かして返したことは一度もなかったということを深く感じました。


次は、昔の恋人に対しての自分について調べました。
自分の人生においては特に重要ではないと思っていて、内観したくなかったんですが、今後のため***にもやっておいた方がいいと言われて、内観しました。


次は、姉に対しての自分について調べました。
姉とはとても仲良しなので、辛い思い出はなかったのですが、振り返って、一番泣きたい気持ちになりました。
多分私にとって、姉との思いは、両親より深いかもしれません。


面接中、先生は正しい日本語の使い方も何回を教えてくれました。
(たとえば「やばい」は、正式な場面では使ってはいけないこと、など)


食事瞑想が難しく、ずっとうまくできませんでしたが、毎日のご飯が、すごく美味しかったです。


最後は、先生の「内観を、これからどう活かすか」の話で、内観研修を終わりました。
先生も私も大変でした。


先生は「さて、それでは、これから瞑想を引き続き行いますか、それとも今回はこれで帰りたいですか」と私に聞かれました。

「もちろん、続けたいです」と返事しました。

先生は「瞑想コースは、期間が長ければ長いほど良いという訳でもないです」と言って、瞑想の最終日を29日夜にして、30日の朝に帰ると決まりました。正味、丸々9日間の残り時間でした。


翌日一日は休息となり、預けていた携帯を一旦返してもらい、両親と友人に連絡しました。
みんなは私が変なところに行ったと思い、すごく心配していたらしく、「これ以上連絡取れなくなら、警察に連絡しようと思っていた」と言われました。

8/21

今日から先生の奥さんが手伝いに来る予定で、先生は「今日からは、ご飯はもっと美味しくなりますよ。期待しておいて下さいね」と言いました。
休息は、この日の午後まで続き、携帯で友達とチャットしたり、ビデオを見たり、のんびりと過ごしました。
内観の辛さが気分転換できました。

午後になり先生は奥さんを迎えに行きました。
奥さんは、顔も行動も絵から出た人みたいで、とても優しい人でした。このようなきれいな島で仙人みたいな生活をして、そんな美しく優しい奥さんもいて、先生は幸せな人ですねと感心しました。

ちょうど研修所に到着された奥さんに出会い、挨拶した後、私は海に遊びに行きました。
研修所の登り口にある小さな神社で「いい修行できるように」と祈りました。

戻ってきて、晩御飯を食べました。
晩御飯は先生のお母さんが作ってくれた漬物などでした。
栄養たっぷりで美味しいものでした。

ご飯を食べた後、携帯などを先生に渡して、いよいよ瞑想コースが始まりました。

8/22

「触れた」「感じた」というラベリングを入れ続けることを中心に歩行瞑想をしました。
今回、凄くゆっくりやってて、雑念が少なくて、楽しく歩行瞑想ができました。


再び(具なしの味噌汁だけは日に2回飲む)1日断食をしました。
昼は先生と一緒に味噌汁の食事瞑想をしました。
夜は一人でやりました。


坐る瞑想のいい姿勢(座相の作り方)を教えてもらいました。
先生はいろいろ研究しているなぁ、と感心しました。

その晩は雷が凄かったです。

8/23

朝起きて、心がなぜか不安を感じていて、部屋から出て鹿の様子を見たり、蟹を観察したり、瞑想の気分になれませんでした。

部屋の入口付近で何か匂いがあり、見てみたら、縁側の下で子キツネが死んでいるのを発見しました。
(この子狐は、研修が始まってから何度も姿を見ていた、とても可愛いキツネでした)

「一昨日はこの狐はまだ元気だったのに、なんで死んでしまったんだろう、昨日の雷と関係があるのだろうか」と落ち込んで、先生を呼びました。
先生は奥さんと一緒に狐を埋めて、読経をあげました。
私は先生の指示通り、部屋で狐が「幸せでありますように、天国にいけますように」とお祈りをしました。少し落ち着きました。


昼御飯は先生と奥さんが一緒に部屋に来て、食事を前にした状態で、私はここまでの内容にレポートをさせられ、そこから先生のコメントが続き…
私は、お腹すいているのに、ご飯を前に長々と説明してくれていて、これは拷問ですか、と思いました。

やっと話が終わり、先生と奥さんと一緒に、食事瞑想をしました。
お二人がいますので、緊張感が増し、前よりずいぶん真剣に食事瞑想をやりました。
ゆっくりゆっくり食事瞑想をして、とても気持ちがよくて、おいしく楽しく食べました。

食事瞑想の良さがやっとわかりました。
まるで食べ物と会話しているような感じでした。
植物や動物は自分の命を無条件で犠牲にしたからこそ、私の命が維持されています。
植物や動物の命が私の命と融合します。
自分の命がたくさんの命の組み合わせてでできています。
食べ物を育んだ土や太陽、丁寧にご飯をつくってくれた先生と奥さんへの感謝の気持ちが、これからの食事瞑想でどんどん生まれてきました。

8/24

歩行瞑想は、離れた時、その状態で10秒静止して足の裏を感じてラべラングしてから動くというのをやりました。
足の裏の感覚が弱くて、体も不安定で、ちょっとつまらない感じでした。

昼御飯の食事瞑想も先生と奥さんと一緒にやりました。
途中で庭に侵入してきた猿の騒ぐのに邪魔されました。

晩御飯は、丁寧に時間をかけて食べていて、ハッと気がついたらお膳の上のお皿が蟻だらけになっていました。
蟻の気づきは凄いですね。

8/25

朝、庭の外の草地で裸足で歩行瞑想をしました。草地は平坦ではなくて、姿勢はどんどんおかしくなりました。
ふと振り返ると、先生が後ろで見ているのに気づき、先生に厳しく注意されました。
先生のテクニックは厳密で、細かな部分まで習ったステップに従って行わないと、望ましい結果が出ないと指摘され、理解できました。

昼御飯の食事瞑想は、先生と奥さんと三人一緒でした。
今度は、先生のご飯が蟻に侵入されたようでした。


面接時、「私の質問が少ない、少な過ぎる」と先生が言いました。
これからの面接は毎日昼御飯の前・晩御飯の後と2回やることに決まりました。

歩行瞑想のやり方は、次の段階に変更されました。

8/26

朝7時半、面接を受けました。

10時過ぎに、少し早目の昼御飯で、
今日から一人で食事瞑想をしました。
昨日夜はキノコの夢を見ました。
今日の昼御飯はキノコが多くて、びっくりしました。

草地で裸足で歩行瞑想をしました。足が土と直接に接触することはとても気持ち良く、ずっと都市に生活して、こういうチャンスがなかったな、と思いました。


夜も面接を受け、現状をレポートしました。

「歩行瞑想の時、

雑念ないときは50%が足の感覚への気づきで、残りの50%がラべリングすること自体に費やされる感じです」

雑念のあるときは、40%が雑念していて、でもラべンリングも続いていて、足の気づきも続いていました」

「坐っての指を中心対象とした瞑想では、感覚が弱くて、集中できないことが多いです」

「食事瞑想は楽しいです。
ただ、食べ物や器を持って手を移動するときは集中できますが、食べものが口に入った後は雑念が多く、味を味わう時はラべリンクを忘れることがあります。ラべリングが邪魔に感じ、忘れてしまいます」

その私のレポートに対する先生の反応、先生の言葉や表情などから、私の修行が、あまり順調ではないと感じられていることがなんとなくわかりました。

そして「これまで、とにかくラベリングを忘れない・切らさないことを最重要課題として取り組んできましたが、明日の朝まで、逆にラベリングを使わずに、ただ感覚を感じ取ることだけに専念してやってみて下さい。
その上で、どちらがやりやすいか、気づきの持続性・連続性、また思考・雑念の出方・頻度・長さなどに、どういう違いがあるか。
それらを明日聞かせて下さい」と言われました。

その話を聞いて、やはりショックでした。

夜はラべリング無しで歩行瞑想をやってみました。
うまくできませんでした。
どうせ先生もそうなるだろうと思っていたんでしょうか。

8/27

朝4時くらい起きて、やる気がなくて、部屋の片づけ終わったら、すぐに先生を呼びました。
ラべリング無しで、うまくできませんでした、というレポートをしました。
先生は「ラべリングをする意味」の理論的な説明を詳しくしてくれました。
私はまた、いろいろな質問をしました。
最後は先生は「cさんが望んでいる修行は、いま私が教えるものとは違うかもしれません。
故に、本気で全力で取り組めないのかもしれません。
それなら、自分が好きなタイプの指導を受けたほうがいいのではないか、と思います…」と言いました。

「修行方法は違ったとしても、目的とするものは同じではないでしょうか。
いろいろ体験しないと、どっちが私に合うかがわからないでしょう」と思いました。

先生の「他の修行を選んだほうがいい」の話は私のためと充分わかっていましたが、この話を聞いて、今までで一番ショックでした。
笑顔も失っていました。
「頑張ります」という力もなくなりました。

自分が、どうしてもうまくできないことはなんとなくわかっていました。
ラべンリングも頑張っていましたけど、毎日楽しい範囲で練習していました。
緊張感がなかなか作れなく、作りたくなかったのかもしれません。
強引に思考を止めるのに抵抗して、もっと楽な方法で止めたいという甘える意識もあったかもしれません。

先生と奥さんの努力を無駄にさせて、申し訳ない、という気持ちが沢山ありました。

気分転換したくて、午後に海に行きました。
裸足で海岸で、海水と砂を感じながら、歩行瞑想をやっていました。
集中できなかったですが、楽しいでした。


晩御飯前に、また先生に質問しました。

「先生が言う『うまくできてる状態』とは、どういう状態なのでしょうか」

「先生が言っている『修行の成功』とはなんでしょうか」

「原始仏教には『命の源頭』の話はあるでしょうか」

「原始仏教には『生きている意味』の話がありますか」

先生は全部丁寧に答えてくれました。


晩御飯が終わった後、お膳を下げにきた先生は、部屋の入口で、また怒りました。
「普段より、随分速く食べていませんか。
きちんと食事瞑想をやりましたか」

「確かに雑念が多かったです」と返事しました。

「雑念・考え事・自分流の知的考察を止めれないなら、これ以上やっても無駄なので、もう帰ったほうがいいですよ。
この調子では、ここから、どんどん雑念が増えるだけですよ」

「途中で帰りたくないです。
先生が帰りなさいと言うなら私は帰ります。先生が決めてください」

「私が決めることはできませんので、御自身で決めてください」

「いやです」

私は、カッときて、バタンと戸を閉めて部屋に戻りました。
網戸の窓から覗いている先生の困った顔を見ながら、自分はわがままと思いますが、しょうがないです。
帰りたくないです。今帰ったら、二度とここに修行に来る勇気がないと思います。

最後まで頑張れば、先生の期待している成績を達成しなくても、後悔はありません。

「別に私をほっといてもいいですよ、ここの風景がきれいだから」

「それはだめです、うちはリゾートホテルではありません。
頑張りたくないなら帰ってください。
経済的・時間的にも、残り二日の研修費できれいなところでノンビリ過ごした方がいいじゃないですか…
うーん、困りましたね。
やる気は戻らないですか」

「それは、やらないとわからないでしょう」

「では、今日はここまでとして、明日の朝、どうするか決めましょう」

夜も、心は乱れて、やる気は戻りませんでした。

8/28

朝3時ぐらいに起きて、ラべリングの練習をやってみましたが、雑念が多くて、うまくできませんでした。

このままでは先生に失礼と思い、「今日帰ろう」と決めました。

まだ暗くて、すべての電灯をつけて、荷物の整理を始めました。

帰ることを決めたら、気分が楽になってきて、遊びの気持ちで、ラべリングをしながら、荷物の整理を楽しくしていました。

荷物の整理が終わりました。

あとは、雨が上がることを待っているだけです。
外に立って、雨の音を聞きながら、風を感じていました。

この数日間の経験では、ここはそんな長期間続いて雨は降られないと思っていて、雨が止んだらすぐに、先生に帰りたいと言うつもりでした。

大雨は止まる様子がありませんでした。(後に知ったことですが、このとき、九州地方は記録的な豪雨で大変なことになっていました)

これは天意なのか、
ラべリングの練習に戻るしかありませんでした。

歩行瞑想が前より集中ができて、坐る瞑想でお腹の動きを観察するのが楽しく感じられました。
何か、呼吸は体と外世界のつながりだという感じでした。
自分は単独の存在ではない証拠です。

今日は猿とイノシシが庭に侵入しました。

夜に横になっているとき、蚊に刺されたところに、針で刺さられたような強い痛みを感じました。

これは先生が言っていた「サマーディ・観察対象の拡大感覚」かな。

修行中に何回か拡大感覚が自然に出ていましたが、重要ではないと思って、いちいち先生に報告していなかったのです。

寝る前、
「先生が言った成功は、わたしが期待しているものと違う、という考えは軽すぎるのではないでしょうか」
「ラべリングを一度身につけないと、その良さは一生わからないのでしょうか」
「もう1回修行したら、もっと頑張ることができるかな」など、どんどん雑念が増えました。

8/29

朝起きて、「最終日だから、一日思考を止めて頑張ろう」と決心しました。
昼は頑張りました。
雨のせいか、一日鹿の姿が見えませんでした。

午後座る瞑想をしてる最中、あるイメージを見ました。

それは、「内観の時に私が話した内容を全て、先生が大きな容器に封印して、海に沈める」というイメージでした。
これは夢ですか、ニミッタですか、よくわからないですが、目を覚ましたときは、心の負担がなくなったような感じでした。

晩御飯は、とても美味しくて、涙が出ました。

晩御飯が終わって、最終日だから先生を呼んでレポートしようかなと迷っているうちに、先生と奥さんが部屋に来られました。

この二日間の修行状況や、拡大感覚の体験を簡単にレポートした後、先生はここで学んだことを今後の生活にどう活かすか、という話をしてくれました。
日本語で覚えておくのが難しかったですが、私の記憶では、

「毎日、そのために時間をとって瞑想できる人は少ないです。
でも、歩くときや、電車乗っている時は、気づきの瞑想が毎日できます」

「上司やお客様との関係が辛いときは、してもらったこと、してあげたこと、迷惑かけたことのように内観的な観点から状況を見直してみるをと、関係を改善できると思います」

「寝る前に今日一日のこと振り返ってみることも良い」

「食事・喫茶中の瞑想は、普段の生活に瞑想を組み込むのには、とても有効である」

「研修直後の数日間の注意事項」

などでした。

正直、その時はまだ帰りたくなかったですが、これ以上邪魔するのはよくないと思い、延期したいことを口にできませんでした。

明日の日程を決めた後、先生と奥さんは部屋から出ていきました。

夜は、目が冴えて、なかなか眠れませんでした。

8/30 帰る日

5時半に起きました。

前に一度、荷物整理はしていましたので、支度はすぐに終わりました。
部屋の片づけもしました。

先生が6時過ぎに部屋に来て、預けていた携帯・WIFI・バッテリーを返してくれました。
全部充電してくれていました。

「お土産に…」と、一冊の本をいただきました。

『森信三 一日一言』という本で、
日本語は難しいですが、一つ一つ短い断章で、読みやすいものでした。

7:00に海岸の船着き場へ降りていき出発しました。
帰る道はちゃんと掃除されました。途中、残念なことに、鹿ちゃんとは出会えませんでした。

三人で船に乗り、小さい神社の前にしばらく止まりました。
「早く目覚めることができるように」と祈りました。
途中、海岸線でエサ探ししているイノシシの親子の様子なども見ながら帰路につきました。

この島の秋・冬・春はどういう様子なんだろう、と想像しながら、どんどん島から離れました。

先生の実家に寄って、お母さんから研修所で収穫された自家製のレモングラスをもらいました。
修行中にも何回が飲みましたが、とてもいい香りでした。

先生と奥さんは駅まで見送りしてくれました。

帰りの新幹線の中で色彩りの駅弁を食事瞑想して、とても楽しく、美味しい時間を過ごしました。

内観中反省した仕事に関わる三人の昔の上司は、修行をしている期間中に、直接・間接に別々の仕事の件で私に連絡してくれていました。
三人とも私にさせたい仕事があるようです。
これは内観の効果なのか、人と人の繋がりは本当に不思議ですね。

友人が駅まで迎えに来ました。

色々話をして、「私は変わりましたか」と聞いたら、
「変わりましたよ。軽くなりました。顔も元気で、目がキラキラし、声も前より安定しました。
日本語も上達しました」と言われました。

先生に何回も怒られたことの話をしました。
友人は大笑いして
「その先生は大変ですね。
貴女の性格に慣れるのには1年はかかりますよ」と言われました。
私のほうが辛かったのに、なんで先生のほうに同情するのか、私はそんなにひどい人間ですか、と笑ったことでした。

晩御飯は、以前よく行った店で食べました。
同じものですが、以前より凄く味を強く美味しく感じました。

夜、両親に連絡しました。
やっと勇気を出して、「ありがとう、愛している、今まで大変ご迷惑かけました…」の話をしました。

そういう話をするつもりではなかったですが、思わず口から出ました。

私の心は少し柔らかくなったかもしれません。

内観は辛かったですが、やって良かったです。

一日心が安定し、とても和やかな気持ちでした。

最後に

振り返って本当に先生と奥さんに対して申し訳ない気分が多いです。
でもありがとうと言いたいです。
怒られたり、落ち込んだり、泣いたり、それも修行ですね。

今回の修行の収穫がどれぐらいあったのかを測ることはできないですが、私の心が柔らかくなってきたのを、はっきり感じています。

島の生活で、水汲みや食材、爽やかな空気、ごみの扱い、鹿、イノシシ、猿、キツネなどの野生動物が一生懸命食べる姿…
自然の恵みや節約の大切さを以前より深く感じています。

昔の上司が頼んできた仕事を受けました。

仕事から逃避することからも一時卒業しました。

これからも先生に教えて頂いたテクニックを日々の生活に取り入れ、続けていきたいと思っております。

色々なことで、本当に感謝しております。

また修行に行きたいです。