正受老人集

曰く、
近世の衲子、狗子仏性の話を把り、実参純工なる者、一箇半箇もまた有る無し。
纔(わず)かに少しく参ずれば、則ち自得したりとなし、自ら悟れりとなし、高談大口す。
只これ生死の大兆、而して己見を栽培し、我見を増長するのみ。
奈何せん、祖庭、なお天涯を隔つ。
真正安楽の田地に到らんと欲せば、転た(うたた)悟らば転た請じ、転た了せば転た参ぜよ。
果たして祖師最後の因縁を見ること、掌上を見るが如かるべし。

……

衆に示して曰く、
それ正念工夫の端的、未だ悟入せざる者は、切にすべからく真正の導師に見え(まみえ)、願心を決定すべし。
すでに決定し去ることを得ば、十二時中、四威儀の間、すべからく正念工夫打失せざるを第一となすべし。
見ずや大慧禅師曰く、那時(なじ)かこれ打失の処、那時かこれ不打失の処と。
一切処に於てかくの如く点検せよ。
これ従上諸聖の正念工夫親切の様子、則ち万古不易の正修なり。
仏法の中、醜陋卑賤の少女といへども、正念工夫間断無き者は、精進堅固有力(うりき)の大人なり。
たとへ七尺の身財有りて、身子満慈の弁智を逞(たくま)しうするも、正念工夫無き者は、名づけて、しゅうらん膨壊(腐って膿み膨れた)の死人と為す。
汝ら切に容易にし去ることなかれ。
真(まこと)に保し難く持し難きものは、正念工夫の大事なり。
末代の弊風、人々名聞の心強く、箇々利養の情盛んにして、往々道相を現ずといへども、而も正念工夫決定の人は実に得難し。
況(いわ)んや、正念工夫相続不断の人を求むるに、千人万人の中に並びに一人も無し。
老僧十三歳、此の事有るを信じ、十六歳、娘生(じょうしょう)の面目を打破し、十九歳出家、
無難先師(至道無難禅師)に随従し、他の毒手に触る丶、ほとんど十余年なり。
その後この山に遁居し、これ道これ保つ。
今既に七十に向(なんなん)とす。
中間四十年、万事を放下し、世縁を杜絶し、専一に護持将来し、漸く茲五六年来、正念工夫の眞箇相続を覚得せり。
若しそれ檀那に追従し、施主に諂媚(てんび、媚び諂い)し、名利を希望し、財穀を貪求して、仏祖の境界に到らんと欲せば、まことに笑ひつべきのみ。

……

又曰く、
不断の坐禅を学ばんと欲せば、則ち矛戟攻戦の巷、号哭悲泣の室、相摸掉戯(そうばくてうぎ)の場、管弦歌舞の席に入るも、安排を加へず、計較(けきょう)を添へず、束ねて一則の話頭と作(な)し、一気に進んで退かず、譬(たと)へ阿修羅大力鬼に肘臂(ちゅうひ)を捉へられ、走って三千大千世界を千回百匝すといへども、正念工夫片時も打失せざる者、名づけて真正参玄の衲子と為す。
十二時中、面皮を冷却し、眼睛(がんせい)を瞠著し、毫釐(ごうり)も放舎することを得ざれ、至嘱。

……

常住不怠

行住坐臥 無聖無我
常転此経 刹那不惰

行住坐臥、聖も無く我も無し
常に此の経を転じて、刹那も惰(おこた)らず

……

示徒(偈頌)

一住此林丘 安身三四旬
昨聴千葉落 今見百花新
送月疾於箭 経年如転輪
后生須努力 徒莫待来春

一度び此の林丘に住んでより
身を安んずる三四旬(三・四十年)
昨は千葉の落つるを聴き
今は百花の新たなるを見る
月を送ること箭よりも疾く
年を経ること輪を転ずるが如し
后生(後を継ぐ者たち)須らく努力すべし
徒らに来るべき春を待つこと莫れ