先日終了した瞑想コースの体験記を送っていただきました。
サイトでの使用許可を頂けたので、何箇所か手を入れ編集した状態で確認の為、お送りしたところ、「改めて読み直してみて、この体験記は体験した本人にとっては記録として良いものだと思うのですが、他の人に読んでいただくにはどうかなぁと思いました。改めて書き直したいと思います」とのことでした。
数日後、もう一つの体験記を送ってくださいました。
「どういう形の体験記がいいのかと考えていて、母に体験記(初めに書いたもの)を見せたら、何も知らない人が読んだら、わたしがどんなことに気づき、どう変化したかが分からないと思うと言われたので、今回は、気づいたこと、研修後のわたしの感じたことについて書いてみました。」
「後の料理は私に任す」と言われたので迷いましたが、二つの体験記を並べて紹介することにしました。 (霊基 記)
<研修前の心持ち>
3月25日~4月4日、ヴィパッサナーコースを受けた。
わたしは、今年初めに内観コースを受け、今回は研修所の二度目のコースとなった。
内観を受けてから、私自身がエゴそのものだということを認識し、母への想いの変化、有り難いと思える感謝の心、経済(お金の循環)というものに対するわたしの考えの変化があった。
そして、生きている限り、よりましな、より害のない、平和的で愛のある人間でありたいという想い。
また、世界の平和を願うとき、わたしにできることは自分自身を知ること、気づくこと。
その手段として、ヴィパッサナー瞑想は私に必要な方法のひとつではないかと思った。
指導者の霊基さんという人柄、また霊基さんにヴィパッサナーの話を聞き、興味を持ったことも参加理由のひとつである。
今回の研修の約2週間前、3月11日に地震が発生した。
私は震源地から比較的近いところに住んでいたため、人生初となる震度6強という体験をし、地震発生後も続く余震、停電、放射線の問題、飛び交う様々な情報に、少し混乱していた。
私の中でも揺らぎが起きた。
この状況下で、私にできることとは? 本当に必要なこととは何なのだろう、と。
そして、私の命が今ここにある奇跡。犠牲になった人々を思うと申し訳なくなった。
ここにある命をもって、私にできる精一杯のことをやりたいと思い始めた。
そんな中で、研修日が近づいてきて、私は屋久島まで行けるのか? こんなときに、行くのか?
と思ったりもした。
幸い交通機関の規制もなく、行ける環境であり、以前から行くと決めていたのだから、行ってこよう。
むしろ、いま行くことによって、色々なことが見えてくるだろう、と思った。
<研修期間>
研修当日、ヴィパッサナーの背景となる考え方と具体的な方法を説明して頂いた。
ヴィパッサナー、テーラワーダ(原始)仏教、クリシュナムルティ、禅などの関係について。
ヴィパッサナーとは、ただ今の自分に気づく。ただそれだけのこと。
口で言うのは簡単だけれど、ただそれだけのことがどれだけ難しい事か…などなど。
そして、一口にヴィパッサナーと言っても、その方法としては幾つかの流派(技法)があり、目指すところは同じであるが、修行の過程においては色々な違い、齟齬があるということ。
ここでは、それら技法同士の違いにはそれほどこだわらず、その人にできるだけ合った技法を選び、「気づき」の基礎作りをしていくこと。
そして、霊基さん独特なのが、霊基さんが培ってきた様々な+αがあること。
研修者にとって、よりあった方法で、よりよい気づきを得られれば良く、こうでなければいけないという限定の考え方はないということ。
ふむふむ、常にサティを怠らない事、そしてラベリング(気づきの言語化)ですね、
よーし、スタート!と始まりました。
第一段階 <身体感覚にサティを入れる>
1日~3日目
ただ苦しいの一言。
もう、帰りたいよー、と思う。
霊基さんが、人間の脳は、雑念が大好物だと言っていたけれど、まさにその通りで、少しでも集中が途切れれば、雑念、妄想、思考の波が押し寄せる。
まるで、泡がポコポコ浮かんでくるように、絶え間なく続く。
それを止めるのが、こんなにも大変なことだとは思ってもいなかった。
感覚に気づき、ラベリングする。
他の対象に意識が移った時は、それにまた気づき、ラベリングする。
この作業は、慣れない事だったけれど、そんなに途切れる事無く続ける事ができた。
第二段階 <サマーディとサティのバランス>
4日~5日目
サマーディとサティはバランスよく高めていかなくてはならない。
どちらか一方が強いとうまくいかない。
私の場合は、(自覚もあったが)サティがサマーディに比べ、弱い。
身体感覚を感じるのは、気持ちがよくて好きだから、好んでやりたくなるけれど、サティをもっと鋭く、細かくいれていけるようにならなくてはならなかった。
断食していたせいもあり、寒気と眠気で1日~3日目までは結構睡眠をとっていた。
4日目、気落ちしていた私。
中盤ということで、霊基さんが喝を入れてくれた。
どんな言葉だったか覚えていないけれど、よし、頑張らなくては! ここまで来て、時間を無駄にするな。
霊基さんの時間も割いて頂いているのに、一生懸命やらなくては申し訳ないと、気持ちを入れ直した。
そして、頑張る。頑張るのだけれど、今ひとつ調子が出ないというか、本当にこんな感じでいいのだろうかと不安になる。
これでいいのか不安な気持ちを霊基さんに伝えると、「今どのような内的状態なのかということをもっと具体的に正確に伝えくれないと、何が問題なのか、どう対処したら良いのか、よく分からないよ」と言われた。
私は、表現力不足で、何をどのように伝えていいのかもよく分からず、そこが問題だった。
ちゃんと伝えられれば、正しい指導も受けられるのだけれど… 伝えるのが難しい。
そして、少しずつ、少しずつ、霊基さんの細かなアドバイス(修正)によって、歩く瞑想の足の感覚がとれるようになってきた。
大地にキスするように歩く。
感覚が鋭くとれるようになると、自然と動作が遅くなる。
また、音を聞いたとき、それが例えば鳥の鳴き声だとしたら、初めは思考が働いてしまって、鳥と認識し、初めは鳥というラベリングをしまっていた。
思い込み、過去の記憶から私は鳥と思ってしまう。
まだまだ、気づきが甘い。
しかし、徐々に「聞いた」「音」とラベリングができるようになっていった。
また、私にとっての最大の難関は、食事だった。
五感すべてを使い、そして、動作が多い。
4日目、5日目は1時間くらいで集中が切れてしまい、食欲もなくなってしまっていた。
正直、すごく頑張っていた。
それでも、私は余裕があるように見られるのか、やる気がないように見られるのか、もっと頑張ってと言われ、もういっぱいいっぱいなのに、何をどう頑張ればいいんだー、わからないよーと泣きたくなった。
第三段階 <心のサティ>
6日目~9日目
私にとって、大きな転換期となる6日目。
ようやく今自分がどういう作業をしているか腑に落ちる。
霊基さんは何度も伝えてくれていた言葉だったのだけれど、それまで私の中にちゃんと入っていっていなかった。
気づきの回路を作っていたんだと解ると、急に目の前がパーッと明るくなった気がした。
私は今、すごい大掛かりな工事を行っているから、一瞬たりとも休む事はできない。
あーよかった、泥沼に落ち込まないでと思った。
霊基さんの粘り強いサポートのお陰なのです。
それから、確かな観察眼が出てきて、今私がどのような状態かということを前よりはちゃんとレポートできるようになった。
集中力は結構高まり、自分が意識を向けたところは容易に感じられるようになった。
その集中力をもって、サティを入れる。
感覚の最小単位が感じられるようになった。
そして、今の感覚だけに気づいていると、一瞬、何をしているのかわからなくなってしまうことがあった。
食事にも気合いが入り、一食に3時間もかかってしまったが、集中し細かく気づきをいれていくと食べるという行為がいかにも奇妙だった。
私は、何故手を伸ばし、スプーンを持ち、お椀を口に近づけ、そして、何かを掬ったそのスプーンを口にいれ、噛み、呑み込むのか。
インテンション(意図)、欲求があるからだ。
無かったら、何も動かない、始まらない。
私の行為は、すべてインテンションと欲求が源。
食べ物が口に触れる前の、唇の感覚も感じられるようになり、この身体感覚というものは普段は意識をしていないけれど、ほんとに瞬間瞬間、意識が追いつかない速度で存在している。
そして、眼を開き、視覚情報をとっているときの、身体感覚の曖昧さ。
日頃、どれだけ鈍感なのかと思った。
そして、思考に気づきを入れていたときに、自分が五感で感じたことに関連して思考していることに気づく。
例えば、海を見て、海が好きな友達を思い出す。
思考を通して、自分自身が過去の記憶で築きあげられてきていて、欲望にまみれていることを知る。
私は、集中すると胸の辺りが痛くなった。
嫌悪感、否定感情が起こると痛くなってくる。
そのときに、手を胸に当て、その痛み、感情の全てを受け入れて、ただ気づいている。
そうすると、悲しみが湧いてきたり、比較する心、劣等感という感情が湧き起こった。
ただ気づいている事で、それはサーッとひいていった。
それは、何度か繰り返され、最終日には痛みが出なくなっていた。
まだまだ、気づきは雑なものだったけれど、ある程度安定していて、少し集中すると、以前よりもずっと楽に気づき回路がサーッと通るようになっていた。
気づきを入れていることが苦で無くなっていた。
霊基さんに、瞑想時の座法について教えて頂いたことによって、瞑想中、足が痛くならなくなり、集中力は上がっていった。
シンとして、実体が無くなり、ただ感覚だけがある。
心地よかった。
目を開けると、刺激的な世界がそこにはあった。
「あぁ、こういうところで生きているんだよな、私は」と思った。
思考が無くなったら、どんなに楽かとも思った。
8日目、9日目は、だめだなぁ、思うように集中できないなぁと感じ、そこには今よりも集中している自分、今とは違う自分を求めている私がいて、今のその状態の自分を受け入れられてなかった。
その頃、頭もぼーっとして、ぐらぐらとして、熱があるように感じた。
求めるのではなく、今の状態にただ気づいている。
すると、体に痛みが出てきては消えて、弛んできた。
そして、自分の思考では処理できない、得体の知れない何かがあった。
とても奇妙だった。
9日目、もう頭が破裂しそうで、プシューッと煙が出て作動しません、という感じになっていた。
少し散歩して、頭を冷やして、気持ちを引き締め再スタート。
そのときの心情としては、今の自分にただ気づいていよう、という感じで全く力んでいなかった。
雨の中、瞑想したいな、と思っていたら、雨が降ってきた。
(今回の研修期間中は、ずっと晴れが続いていました)
内心、とても嬉しかった。
座っていると、すべての雨の音ではなく、一部の音が私の頭の中で響いていた。
そして、夜8時、終了。
やる気があれば、朝まででも続けてよかったのだけれど、甘ったれな私は、今回はここまで、と区切ったのでした。
今回の研修は、ヴィパッサナーの門をくぐったか、くぐらないか、もしくは、ようやく扉を叩いたところに立っているか、と云う、ほんとに初めの半歩くらいのところと感じます。
修行の道は長く、一生、修行の仕事だと感じました。
<研修後>
目に見える変化として、五感が敏感になる。
島を出てから、嗅覚、味覚、聴覚が敏感でちょっときつかった。
バスや電車に乗っている時の揺れ、スピードがすごく早く感じた。
家までの帰路、すごく騒がしい街、人、音で溢れていた雑踏の中、自分自身が静かであったからか、静けさがあった。
私の癖であるのだが、何か、ある対象に対する比較、相手へと目を向けることがなかった。
ただ今ある事実、私にだけ気づいている事で、後は何も無かった。
家に着いてから、母と接するときに、やはり抵抗する自分、受け入れる事ができていない部分が露わにされて、私はやっぱりだめだめだー、まだまだ未熟だなー、と実感させられるのでした。
日常の中で、気づきを生かして行くこと。社会に貢献できるよう努めます。
最後に、研修中、お母さんのような心遣い、献身的にサポートをして下さって、よい方向に導いて下さって、感謝しています。
霊基さんの、厳しくも優しいところに甘えてしまい、少しでも気を緩めた自分がいたこと、申し訳なく思います。
そして、敬意を払うべき指導者なのですが(もちろん尊敬しているのですけれど)、全く緊張感が無いというか、信頼と安心のもと、研修が受けられる事も有り難く思っています。
もしかしたら、緊張感が無いというのは短所かもしれないですれど…。
そして、あらゆるアドバイス、これからの私の課題等、学びをありがとうございます。
もう一つの体験記
研修動機
私は年初め、こちらで内観を受けた。
それまで私は、存在意義、自分は何者かということを問い、世界平和、あらゆる命の幸福を願って、そのために自身ができることとは何なのかということを模索していた。
内観を受け、私の中に溜まっているへどろのようなドロドロとした部分が露呈された。
私が気づいていなかった(もしくは気づいていたが、向き合いたくない)自我と出逢った。
それは苦しいと同時に、有難いことであり、内観後の変化というものは大きかった。
日常に戻り、内省が習慣づき、一つの物事を客観的に見、細かなところに意識が向き、感謝の心が自然と湧いてくるようになった。
そんな中で、今ここにある命をもって、精一杯尽くしたいと思う心。
まだまだ求める心があるが故に、こんなことを思うのだろうが、私の存在そのものが(抽象的表現になるが)、透明な、何をも苦しめない、安らぎであることを望んでいる。
そして、未だ受け入れる事が出来てない自分の属性の存在、今とは違う自分を求める心。
あぁしたい、こうしたいという欲。
未熟で重たい私。
私は生きている限り、日々が精進の場だと思っている。
日常から離れ、リトリートに身を置くのではなく、自らが在る場所で気づき、学んでいくことこそ重要であろう。
だけれど、私が思うに、日常から一時離れ、とことん己と向き合うという時間はとてつもなく貴重な事だと思う。
ホームページにあるように、気づきの基盤作りが出来ていない私にとっては、何よりも必要であると感じ、そして知識ではなく、己を通しての気づきによる魂の成長のため、今回、ヴィパッサナーを受ける事にした。
何故、霊基さんのところでかというと、霊基さんの人柄、信頼性、安心感、プライベートでその個に合わせて研修を進めてくれるところ、ご飯が美味しい、場所(高台にあって心地よく、水も美味しく、五右衛門風呂もさいこー)。
人によって相性はあると思うけれど、私にとっては申し分ない最高な研修条件が揃っているということだ。
研修を受けて
今回ヴィパッサナーと共にボディワークも並行して取り入れた。
まず、身体感覚に意識を向ける。あらゆる仕草、行動において、ある部位に意識を集中させることにより、サマーディを高め、サティとラベリングを絶やさない。
今あることにただ気づいている事がこれほどまでに大変な事だとは思わなかった。
雑念、妄想、思考の奴隷であるかということを改めて感じた。
あぁ、思い込みの人生。
事実を事実として見れなくなり、私という思考を通して物事を見ていたら、人生、悲劇にも喜劇にも転がってゆく。
鈍感に生きていた私は、初め、常に気づいているという状態が苦痛だった。
頭が馬鹿みたいに考え事をしたくなる。
というか、勝手に次から次へと連鎖して、思考が続いて行く。
それは全て、過去の記憶であった。
例えば、花を見たとする、すると、過去の記憶からそれを知っていると思い込んでいる私は、それを花だと思い、そこから可愛いと思ったり、どこかの景色を思い出したりと、脳は瞬時にパパパパパッと働く。
記憶なくして考える事は出来ず、今、現在進行形で生きているはずが過去に支配されていた。
すべての根源が私にある。
すべては、そのまま、何の濁りなく、それがただそこに存在しているだけだ。
その気づいているという苦痛が、何段階か経て、そうではなくなってきた。
頑張らなくてはと思っていた自分がいなくなり、今そこにいない姿を思い描くことをやめ、どんな状態であれ、そこにいる私に気づいている。
それだけでいいんだぁと、何も求めず、そこに気づいていることができると、自然と体が弛み、心の
キューッと締め付けられていた痛みが解けた。
私がいなくなるとき、とても静かだった。
得体の知れない、この脳と体を持っていることが奇妙な感じだった。
研修途中、私は何故こんな一生懸命やっているのだろうと思う瞬間があった。
別に私は悟りを開く事を望んでいるわけではなく、悟りが一体どんなことなのかもよくわからない。
心から愛のある人間で、人を苦しめない存在でありたいだけなのに。
こんなに頑張る必要あるのか? と。
つい苦しくて、こんな思考が働いてしまったのだけれど、なんだかんだ言って、すべては結局私のため。
それが、あなたに繋がる。私にできることは、気づいていることだけなのだー。
研修後、というか、研修中からであったが五感がかなり敏感になっていた。
目の前にある世界は刺激的だった。
私は、家に着いてまず、余命1週間かもしれないという知人に会いに行った。
その彼女を前にして、何の動揺も無く、ただ彼女の言葉に耳を傾けた。
彼女はいたけれど、いなかった。
生も無く、死も無かった。
我を捨てた彼女は、あるがままのそれを受け入れていた。
死ぬかもしれないという人を前に、ありがとうと言いたくなった。
そして、その姿をすばらしいと思った。
全然悲しくも、辛くもなかった。
ただ、感動で涙が出そうになった。
そして、実は今回、地震発生後の研修であり、研修前は地震、そして原発のこととひっかかっていることがあった。
帰ってきてからも余震が続いている中、私の命の奇跡、無事である事の有り難さを感じずにはいられなかった。
どのような事象が起きていようと、ただその事実だけを見る。
そして、今ここに私が在る事実。
私がすることは、ただ、この瞬間を、精一杯、生きること。
私は、宮城に支援に行くことにしたのだか、支援させて頂ける事、状況の有り難さを感じる。
今回、ヴィパッサナーを受けたことにより、今にも崩れてしまうほどのぐらぐらな気づきの基盤作りはできただろう。
与えられた課題と気づきをもって、社会の中で生かさせていただきたい。
気づきを深め、少しでも社会貢献できるよう。