フェルデンクライス・メソッドとは何か?

フェルデンクライス・メソッドとは、身体の元々持っている英知・知性を、揺り動かし、呼び覚まし、充分に機能させることを目的とした、身体の脱‐条件づけ・再-教育・再-統合の技法である。

ヴィパッサナー瞑想・禅など、気づき-洞察指向的な瞑想法との親和性が高く、組み合わせて実践するによって、増強された効果を引き出すことが可能となる。


以下、ネットからの断片的な引用。

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モーシェ・フェルデンクライス(Moshe Feldenkrais)は、1904年にロシアで生まれた。
13才の時に彼はひとりで旅に出て、一年間かかってパレスチナにたどり着き、そこで労働者、地図制作者、数学の教師として働いた。彼はスポーツ(体操、サッカー)も得意で、柔術をよくした。

20代半ばにフランスに行き、ソルボンヌ大学で物理学博士となり、その後ノーベル物理学者ジュリオ・キュリーの初期の原子核研究のアシスタントをした。

パリで、現代柔道の創始者である嘉納治五郎に出会い、外国人として初めての黒帯保持者のひとりとなった。指導者として、また著書によって、ヨーロッパに柔道を紹介した。また、1940年代の初めに、英国海軍本部の対潜水艦作戦のために働き、その間に音波探知装置によって幾つかの特許を取得した。

膝の大けが(運動で痛めた膝を、戦争中に勤務していた海軍の潜水艦のデッキでの転倒で決定的に悪くしてしまった)で苦しむなかで、彼は自分自身の身体を研究材料に用い、彼の知識と、生物学、周生期発達学、サイバネティクス、言語学、システム論理への深い興味とを合流させた。

それを使うことによって、医者にも見放された自分の脚を自らの力で直すことに成功した。彼は、歩くことを自分自身に再教育し、そのプロセスのなかで、人間の機能を向上させるために中枢神経システムのパワーにアクセスする非凡なシステムを開発したのである。

その後、心理学、神経生理学、その他、身体関連の各分野について学び、1949年にイスラエルに帰った。(日本にも野口整体の勉強のために滞在したことがある) そこで彼は、フェルデンクライス・メソッドとして知られることになるシステムに彼の理論を統合し、それをさらに精密にする仕事を続けたのである。

1984年に彼は亡くなったが、直接、間接に彼の教えを受けた生徒によって、フェルデンクライス・メソッドは「ユニークで効果的な現代のボディワーク」として、アメリカ、ヨーロッパ、そしてイスラエルで現在急速に浸透しつつある。

身体を動かすことを仕事とするアスリート、武術家、俳優、舞踊家はもちろんのこと、リハビリ治療の療法士、医学をはじめ様々な分野の学者、芸術家がこのメソッドに関わって仕事をしている。

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フェルデンクライス・メソッドは大きくニつに分けられる。

Functional Integration(機能的統合)と、Awareness Through Movement(動きを通しての気づき)である。通常、FIとATMと呼ばれる。
FIは、一対一で行なわれ、言葉を使わずにコミュニケィトするレッスンだ。その人のためだけのレッスンとなる。

ATMは、一対多のグループレッスン。口頭の指示でいろいろな動作をする。
両方とも、筋肉の緊張を減少させ、各神経系の機能を高め、人々が学習する能力を増進させるものである。

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このメソッドのATM(Awareness Through Movement)の動きのレッスンでは、教師は原則として、言葉によって生徒の動きを導く。

つまり、一般のダンスやスポーツの教室と違って、生徒は他人の動きを模倣するのではなく、自分の耳で教師の言葉を聞き、自発的に判断して動作を行う。

床に寝る、座るといった基本的な姿勢から、ゆっくりと展開される単純な動きのヴァリエーションは、常にリラックスした状態で行われる。

生徒はパターン化された自分の動きに気づき、不必要な緊張を取り去った無理のない効率的で美しい動きを習得することができる。

アンドルー・ワイルは、自著『癒す心、治る力』のなかで、フェルデンクライス・ワークについてこのように推薦している。

「身体運動・床運動・中枢神経系の調整をはかるボディワークからなるシステム。特に神経の損傷を受けた部位、ブロックされた部位に新しい回路をつくるのに役立つ。

革新的、かつおだやかな運動法であり、外傷・脳性麻痺・脳卒中などで重い障害を受けた人のリハビリには驚くほど効果的な場合がある。標準的な理学療法よりもはるかに有効だと考えられる。」

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フェルデンクライスは、とにかくたくさんの動きを作り出した。

自分の身体の動きや、赤ちゃんが寝転んだりハイハイしたりする動きを観察し、そこから動きのヒントを得ている。

つまり、このメソッドは、今まで知らず知らずのうちに身につけて来た余分な動きに気づき、私たちが本来持っている身体の動きの能力にもう一度つながることを可能にする。

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フェルデンクライス・メソッドは、物理学と生体力学の原理、そして学習と人間の能力向上についての理解に基づいている。

気づき(awareness)の働いていない身体の部分へと注意を向ける一連の動きを通して、自己イメージを向上させ、それによって身体運動の機能を、もっと充分に生かすことを可能にする。

神経筋肉の働きの習慣化、パターン化と硬直化に気づき、新しい動き方を選びとることができるようになる。感受性と識別力を高めることによって、私たちの生を、より充実した、無駄のない、快適なものとしてくれる。

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レッスンの直接的な効果としては、まずからだを動かすことが苦にならなくなる、階段を上がったり、長時間歩いたりすることが、びっくりするぐらい楽になるということです。

それは無理のないからだの使い方を自然に覚えるからなのですが、そのことによって、今まで自覚することなく運動に費やしていた無駄なエネルギーが不要となり、それを他の領域に活用することが可能になります。

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質の高い動きとは、痛みがなく、疲れにくく、機能的で、自然な動きのことです。そのような体の使い方は、どこか美しく優雅に見え、自由を感じさせることすらあります。そのためには深くリラックスした状態で気づきを高め、普段の癖から離れることが大切になります。

このメソッドでは、イメージやあらゆる動きを使い、感じる能力や学ぶ力を向上させるようなやり方で、そういった質の高い、苦痛のない心身の動きを身につけるようにしていきます。

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ともあれ、このレッスンを体験してみれば誰しも感じとることであろうが、レッスンごとに深まってゆく身体意識の変化はまさに劇的なものである。それが積み重なることによって、身体的のみならず、心理的、精神的にも顕著な変化が生じる。

パーソナリティと呼ばれ不変のものと思われていた己のひととなりが極めて短期間に変貌するのを経験して驚くことであろう。

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フェルデンクライス・メソッドは、からだの動きをとおして人間の神経系に働きかける方法である。

不自然な動きは神経系の歪みの反映であり、それはこころの歪みの現れでもある。

フェルデンクライスの方法は、神経系に働きかけることによって、習慣によって形づくられた歪みを解体して取り除き、有機的な身体のもつ自然を取り戻し、眠っていた能力を実現させてくれる。

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フェルデンクライスメソッドは身体教育(somatic education)のひとつの方法である。

ゆるやかな動きを使い、注意を導いていくことによって、身体運動を改善し、人間の機能性を向上させる。動きをよりたやすいものとし、動きの範囲を広げ、動きの柔軟性と協調性を増し、本来持っている優雅で無駄のない動きをおこなう能力を再発見することができる。このような、動きの改善が、私たちの人生の他の側面においての機能性の向上へと拡がっていく。

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身体機能の改善は、必ずしもそれ自体を目的としているものではない。そのような改善は、より広範囲にわたる機能的な気づきに基づくものである。それは、周囲の環境や人生との関わりにおける私たちの身体機能の、より広い意味での向上への入り口なのである。

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その歪みやズレから自由になる、より効果的で快適な身体の使い方があります。
それは、どんな状態で始めても、動くことで楽になり、気づきが高まるような体とのつきあい方です。

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人間には、必ず動きが伴う。
日常の起居動作から、仕事、スポーツは言うに及ばず、思考、読書、著述等の抽象的、あるいは頭脳的作業も肉体の動作を伴う。

この動きを研究して、呼吸や姿勢の改善、運動エネルギーの効率化、更に潜在能力開発、あるいは治療にも役立たせようとしたものにフェルデンクライス・メソッドがある。

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気づき(awareness)の功用。

1 . 気づきよって、我々の行動は効率の良いものになる。

2. 肉体・精神両面を自然にリラックスさせる働きがある。筋肉の緊張している箇所に気づくと、そこが緩んでくる。悲しみ・心配・憂い・憎しみ・怒り等を直視し、これに気づくと、感情は自ずと鎮静化する。

3. セラピー的効果がある。精神分析や各種の心理療法は、必ず何らかの気づきである。

4. 固定的行動パターンを変える。習慣、癖等の固定的な行動パターンも、これに明瞭に気づくことによって、変えることができる。

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自我が確立される時点で、自己と身体との乖離は決定的になるとみてよいだろう。

意識はもっぱら、考えることに同一化していて、身体を経由して自己におとずれる感覚や感情は自己意識のうちには生起しにくいのである。
逆に、自己と身体とが乖離することは、発達論的にみればなかば必然的に生じることであるということができるのであるし、心身に対する二元論的な考え方も、発達論的にみれば同様に一定の根拠があるものであると言えよう。

死は、私たちに強い感情や情動を喚起するものだが、それらの感情に限らず、一般に強い感情や深い情動は、私たちの身体にまつわって存在するものである。
例えば、私たちは悲しいときには涙を流すし、おかしいときには笑う。
日本語でも、怒ることを「頭にくる」とか「腹をたてる」などと表現するように、感情は身体的な反応と深く結びついているのである。

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身体を回復するプロセス

これまでも心理療法の分野においては、フェルデンクライス・メソッドやフォーカシングなど、意識から疎外された身体を回復するためのさまざまな技法が開発されてきた。これらの技法は、もちろんその細部においては異なっているが、一方で気づき(awareness)をもって身体に接するという点では、ほぼ共通している。

先に見たとおり、私たちの意識は身体から乖離してしまっているのであるが、そのような状態に対して、意識の焦点を再度身体に当てることがこれらの技法では強調される。つまり、日常的には意識されることの少ない身体を意識して感じ取る作業がそれぞれ一定のプログラムに沿って行なわれるのである。

気づきをもって身体に接するとは、自分が日常生活のさまざまな場面の中で、身体のどの部位をいかに使用しているのか、文字通り気づいていくことを意味する。それは、「いま、ここ」にある自分が、何を、どのように感じているのかと云うことについて注意を深めていくプロセスでもある。そして、ある特定の状況に対して習慣化したパターンを形成している身体への自覚を高めていくことで、そうした反応を解除し、身体をリラックスさせ、自己意識と統合していくことが可能になる。つまり、無意識下に排除されている身体を意識へと浮上させ、意識へと統合していくのである。

こうした過程を経ることで、感覚を失いかけていた身体が徐々に甦ってくるし、生き生きとした身体感覚をもって存在することができるようになる。自我においては意識の焦点はほぼ考えることのみに当たっていたが、身体を統合することで意識の焦点は拡大し、考えることと同時に身体を通じて体験することにも十分に意識の焦点が当てられるようになる。そして世界に対する豊かな感情や繊細な感覚が回復され、そのことがなかば疎外されていた生の実感を取り戻すことにつながってくるのである。

身体を回復するプロセスが進んでくると、身体があたかも自分の所有物であるかのような感覚はしだいに減少してくる。むしろ自己が環境に関わるための媒体であるように身体のことを感じられるようになる。それと同時に、身体を思い通りに統制したいという自我に根差した欲求も減少してくる。身体はそもそも随意的に操作可能な部分(例えば随意筋)と不随意的な部分(例えば血液や内蔵)からなっているが、不随意な身体の部位に対しても接触ができるようになることは、身体をコントロールしようとする根深い欲求を緩和し、むしろ不随意であることを受け入れることにつながるのである。

また、最終的には時間感覚も大きく変容することが知られている。自我が確立された段階では、人は直線的な時間感覚を身につけ、過去、現在、未来をそれぞれ独立した実体として把握することを学ぶが、身体が意識に再度統合されてくるにつれて、よりリアルに現在の瞬間を把握することが可能になってくる。現在を基点にして時間を把握することが可能になるため、「過去」を現在生じている記憶として、「未来」を現在生じている予測として把握することができるようになるのである。ウィルバーも「過去と未来を現在の思考として、現在からみることができる」ようになると言っているが、このような時間感覚の変容は、「いま、ここ」に生じている身体的な経験に意識がしっかりと根づいているが故にもたらされるものであると言えるだろう。

自我にとっては未来が不確かであることは不安の源であり、そのことが死に対する恐怖につながっていたわけであるが、現在にしっかりと根づいていることができるようになると、未来の不確かさは徐々に受容すべきものとして受け止められるようになる。もちろん、身体を回復しても死が恐れの対象であることに代わりはないが、この段階に至ると死はもはや回避すべきものではなく、自己が直面すべきものとなる。逆説的ではあるが、現在にしっかりと根付くことで、未来に生じる可能性としての死を適切に位置づけることを学ぶのである。


フェルデンクライス・メソッド入門書