ブログ 『日々、刻々、流れるもの』

「観察」における分離

「分離を拭えない(の残る)観察」と「分離なき観察」は、
二つの(此岸と彼岸のような)隔絶した別ものではなく、
一繋がりの大地のようなもの。
だから心配せず、自分にできるレベルの観察を繰り返し、
積み重ねていけば良い。
歩いていれば、気がついたらあちら(彼岸)に居るようなもの。
絶対的な断絶はありつつ、飛び越えてみれば連続している。

存在するものにヤー(yes)ということ

ユングが、死すら覚悟した大病を乗り越えた後に語った言葉だそうですが、
 
 存在するものにヤ―(yes)ということ。
あるがままに対して無条件にヤーということを学んだ。
自分の運命にヤーということがどれほど大切かを初めて理解した。
 
存在するもの― 今ある事実(痛み、苦しみ、恐れ、怒り)に、
明晰に気づきつつ、受け入れること。
全面的・無条件降伏。降参し、両手を挙げること。
そのものに対する愛情を持って。
「全的な受け入れ」の極み・完成態こそが
「純粋な、全的な、受動的な気づき」であり、
「全的な気づき」と「全的な受け入れ」は同時に成立する。
あるいは、一つの(存在における)事態の、別名(別の顔)であるとも言える。

Aphex Twin – Cliffs

名曲だと思います。
これ一曲だけ発表して死んでも歴史に名前が残るほどの。
ただし、この曲は、真に聴く(理解する)のが難しく、
ドップリと入り込んで、浸って溺れ切って、それだけになって聴かないと、曖昧過ぎて、何のことやら分かりません。

Selected Ambient Works Volume2 Aphex Twin
このアルバムの一曲目に、この曲(Cliffs)は収録されているのですが、
レビューに眼を通してみると、皆さん、ある種特殊な思い入れを持って
このアルバムを語られていることに気づきます。
しかし、早まってこのアルバムを購入してしまうと、
その内容の重さに後悔する可能性が高いです。欝入ります。
まずyoutubeで、収録曲を一通り聴いてみることをお勧めします。
確かに超名盤だとは思いますが、難易度も超高いです。

気づきの修行

つぎにまた、比丘たちよ、比丘は、進むにも退くにも、正知をもって行動します。
真っ直ぐ見るにもあちこち見るにも、正知をもって行動します。
曲げるにも伸ばすにも、正知をもって行動します。
大衣と鉢衣を持つにも、正知をもって行動します。
食べるにも飲むにも噛むにも味わうにも、正知をもって行動します。
大便小便をするにも、正知をもって行動します。
行くにも立つにも、坐るにも眠るにも目覚めるにも、語るにも黙するにも、
正知をもって行動します。
以上のように、身の内において身を観つづけて住み、あるいは、
外の身において身を観つづけて住み、あるいは、
内と外の身において身を観つづけて住みます。
また、身において生起の法を観つづけて住み、あるいは、
身において滅尽の法を観つづけて住み、あるいは、
身において生起と滅尽の法を観つづけて住みます。
そして、かれに、〈 身のみがある 〉との念が現前しますが、
それこそは智のため念のためになります。
かれは、依存することなく住み、世のいかなるものにも執着することがありません。
このようにまた、比丘たちよ、比丘は身において身を観つづけて住むのです。
【 長部経典 第二十二経「大念処経(心の専注の確立)」】