「分離した個人」と「苦しみ」

Q. 私は、「気づきとして生きる」とか「あるがままにゆだねる」とか「自分が気づきであるということを知る」といった考えと格闘してきました。私はこれらのことに、私自身の胸の激しい痛みとの関連において取り組もうと長い時間をかけて努力してきました。そして当然ですが「努力する」ということは行為することを意味していて、それは何らかの行為をする分離した個人というものを意味します。そしてその分離した存在はそもそも存在していません。私は立ち往生してしまっていることに気づきました。「私」がどんなことをしても、痛みと憂鬱の経験は続き、ものすごく苦しんでいます。これは明け渡しと受容ということが起こるかどうかの恩寵次第だというように見えます。どのような「努力」もより悪影響を及ぼすように感じます。それなのに努力は続きます。
A. もし私たちが苦しんでいるとするならば、見かけ上の「私」ははっきり存在しています。この見かけ上の「私」が苦しみの原因です。
しかし、もしこの見かけ上の「私」として、「努力は行為を意味し、それは分離した個人が何かをしていることを意味する。そして分離した個人はそもそも存在しない」といった考えを私たち自身に重ね合わせるならば、探究されるべき苦しみというものに対して行える一つのことを自身から奪うことになります。
他の言葉で言えば、もし「分離した個人は存在しない」ということを知っていれば、私たちは苦しんでいないでしょう。苦しむと同時に「分離した個人は存在しない」と理解していると主張することはできません。この二つの立場は両立しません。
この場合、「分離した個人は存在しない」という観念は単なる観念であり、不二一元性というものが私たちが抱くただの新しい宗教になってしまっています。
ルパート・スパイラ « resonanz360

おなかの硬さと柔軟性

身体が硬くてストレッチの形がうまくできないけど効果はあるのでしょうか?というご質問を多くいただきます。
身体の硬い人としなやかな人の違いは、「肋骨と骨盤の隙間」にあります。
筋肉や関節が硬くて動きがつかえるという人は、大抵胴体の隙間が狭くなってお腹が太くなっています。
なので、お腹が硬くて動きが悪くなっているのです。
知っていますか?
お腹が硬いと全身が硬くなることを!
肋骨と骨盤の間が狭まると、腸内に宿便が溜まって、全身の関節がさび付いてしまうのです(*_*)
逆に肋骨と骨盤の間が縦にスッキリ伸びて、お腹が柔らかくなると全身がしなやかになります。
私が「16時間酵素断食」を頻繁にお勧めするのは、お腹の硬さを抜くことが大切だからです!
私の教室では、まず最初に朝食を抜いて腸の下垂と疲労を取り去ることからはじめてます(朝食抜きを強制してはいませんが)
腸が汚れたままなのに、ストレッチ体操やヨガのポーズを一生懸命やると、首や腰など関節を痛めてしまうし、
ポーズ(形)だけは出来るようになっても、肝心な「しなやかさ」は得られません。
なので、体操だけではなく食生活も並行してストレッチしていきましょう。
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生理痛、腰痛、頭痛、首肩の痛み・・・・
痛みって何でしょう・・・?
腰が痛くなるのは偶然でしょうか?
お腹が痛くなるのはたまたまなのでしょうか?
違いますよネ。
そこが痛くなるような姿勢や食べ方をしたからです。
身体ほど明確なものはありません!
痛みにはとても重要なメッセージが込められています。
お金の事で悩み過ぎると首がこってきます。借金で首が回らないと昔から言われるのは、そういう事です(笑)人を恨んだり、恨まれたりしても首が痛くなります。
失恋したり、人を憎んだりすると胸が揺れて呼吸が苦しくなります。
いつもイライラや怒り、プレッシャーなど精神的ストレスを抱えていると
腰が固まってきて腰痛になります。
つまり、痛みという症状を「出す」事で、バランスをとっているわけです。
だから、本当は痛みが出ていること自体すでに治ろうとしているのです。
これを症状即療法といいます。
身体が内側でコツコツ修復してくれているのに、外から勝手に鎮痛剤や消炎剤で
痛みを紛らわしたり、コルセットで固定すると身体からの信頼を失ってしまいます。
もっと自分の身体を信じてみませんか。
痛みは抑えるものではなく、出しきらせるものです。
呼吸で人生をストレッチする!【お腹の硬さ】

伝えたい中身と表現力

読んでいて、上手な(学びたい)言い回し・表現力だなーと感じました。
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「スペースまほろば」HP から
目覚めのプロセス自体は数年から十数年にわたって続く可能性がありますが、プロセスが深まり、すべては自分の内側にあると同時に、個別の実体としての自分というものは存在しないのだ、ということが十分に理解されたとき、宇宙全体があなたの教師となり、特定の教師、特定の技法は必要なくなります。
宇宙そのもの、存在そのものがあなたを導くようになります。
このセラピーはそこにたどりつくまでの道しるべのようなものだと考えていただくといいでしょう。

その深化と統合のプロセスを、一人一人のニーズに応じて、この世界の中での生活とのバランスをとりながら体験していく道を的確にサポートしていきます。

人間の存在にホリスティックに関わる技法には多くのものがあります。
どの技法が他の技法よりも特に優れている、ということはないように感じます。
ただ、その人にあった技法と、あったセラピストは存在します。
わたしは、常にわたし自身でいることで、みなさんの癒しと成長のサポートをしていきたいと考えて います。

「意識の目覚め」「悟り」といったようなちょっと大げさに聞こえる言葉も、実は、苦しみから解放されて楽になるということと同じことを表現しているのだ、ということを今回のグループで再認識したので、初心に返るような気持ちで、スペースまほろばを始めたときからの一番大きなテーマである「楽に生きる」という表現をサブタイトルにしてみました。

今を守る

自分の、いま、ここの、「この今」を(それがどんな内容のものであれ)、
そっと壊さないよう、大切に守る。
壊れやすい細工をあつかうように、そっと守り、感じ尽くす。
「嬉しい今」「かなしい今」「ムッとしてる今」「怒っている今」
それが、どんな内容の「今」であれ、
やさしく、壊さないよう、そっと見守ることによって、「いま」は花開き、
「いま」の奥にある、ホントの中身を教えてくれる。
それは、つまり、今の(怒り、苦手意識)をキチンと感じること。
胸の中の、かたまり、実感、フェルトセンスを、押し留めないで、キチンと感じる。
それが、やることのすべて。