気づきは光に似て、ひかり(気づき)があれば、闇(見えてなさ)は消える。
はっきりと見えれば、見えないが故に怖れ、こんがらがっていた事実誤認の状態は終わり、良くも悪くも事実が白日の下に曝される。
闇を無くすためにできることは光をもたらすことだけであり、
その光さえあれば、すべては明らかになり、消える。
その気づき-意識の光の強さに耐えられるよう脳を訓練すること(改造すること)、
その光の強さに眼が眩んでしまわないよう徐々に眼を慣らしていくことが、
気づきの修行であり、
その集中的なトレーニングを、気づきの耐久レ-スであるリトリートで行なう。
それは、無い気づきを作るためではなく、
既にある、遍満し、充溢している気づきを脳が感受 ・認識 ・使用できるよう
調整(チューニング)するための訓練である。