思わず笑っちゃうのが幾つかありました。
らばQ:「神はいない?」偉人たちの無神論的な50の格言
http://labaq.com/archives/50944400.html
「信仰を持つものが無神論者より幸せだという事実は、酔っ払いがしらふの人間より幸せなことに似ている」
「宗教のために行われる罪でなければ、人間はあれほど完全に楽しそうに悪事を行わない」
「基本的に君たちは、どちらが妄想の世界に良い友人を持っているかで殺しあってるんだ」
「宗教があろうとなかろうと、善い人は善い行いを、悪い人は悪い行いをする。
しかし宗教によって善い人も悪い行いをする」
「見えないのと、存在しないのは、よく似ている」
「宗教のことを一般人は真実とみなしており、賢者は偽りとみなしており、支配者は便利とみなしている」
「我々の知らないことは神である。知っていることは科学である」
投稿者: 霊基
伝統の内と外
私にとってクリシュナムルティと云う人の存在は、かっても今も特別で、
彼の言葉ほど心に響くものにはこれまで出合ったことがありません。
それは十八歳のときの初読から現在に至るまで変わることなく続いてきた感情で、常に私の探求を導く糸(霧海の南針)でした。
ですので、いま、「二十年間色々グルグルやってきて、やっと出発点の”ここ”に戻ってこれた、やっと支度が整った」との感慨深さもあります。
こちらの研修メニューは全て「クリシュナムルティの教えを凡人が理解し実践していくためにはどうしたらいいのか」との問いへの、自分なりの二十年目の卒業論文、これまで全ての集大成であるとも言えます。
具体的技法の面では、禅 ・ヴィパッサナー ・内観など、伝統仏教の影響も色濃く受けており、自身の内面においても、それらに対する思い入れ ・愛情は、強く、深く、存在します。
しかし、気づきの研修は、それら、どの伝統 ・技法内の実践でもありません。
それは常にその外にある、新たなる実践(実験)です。
私の関心は専ら、それら伝統 ・技法のなかに存在する「気づきの方法論」を、純化 ・抽出し、脱神話化 ・脱宗教化して、現代に生きる私たちに確実に使える道具として提出することにあります。
全治の即時性
全治の即時性― 造作のいらない『心の離れ技』
「気づき」が全的に働く様子をうまく捉えたタイトルだと思います。
浮くにまかす
息を止めて、ゆっくり身体を沈めれば、
カラダは自然に浮き上がってくる。
しかし、もがけば沈む。
なにもしないで、まかすこと。
“それ”が起こることを信じて、身も心も動かさないで。
予想し得る最悪のこと、
それは、いま、私の頭の中にしか存在しない。
頭の中の”悪いこと”を、現実態としてしまわぬよう、
それがどこにも存在しない現在の瞬間を見ること。
そして全面的に― 任せられない自分も含めて― 恐れないで任すこと。
陰隲(いんしつ)録
・ 人の運命は、おのずと決まっている。
・ ただし善行を積み(「積善」)自分の過ちを改善する(「改過」)ことにより、自分の運命を変えることができる。
・ このように自助努力で運命を変えることを「立命」という。
・ 人知れず、陰ながら善行・徳を積む、「陰徳を積む」ことで、自分の人生を良い方向に変えることができる。
ITエンジニアを続けるうえでのヒント~あるプロジェクトマネージャの“私点”(6)
http://jibun.atmarkit.co.jp/ljibun01/rensai/eh06/eh01.html
☆ぶにろぐ☆
このような観念をラメッシ・バルセカールの観念と両立させることで、
より深みのある認識-行動が生まれると思います。
矛盾したものの対立・両立・鬩ぎ合いが、より深く高い認識まで至らせる。
単に片方を受け入れ、片方を捨てるのではなく。
全面的不自由(条件づけ)と、絶対的(禅的)自由
「人生は選択である」と「人生は運命である」
『逆転世界』
しばらく前に読んだのですが、最後のどんでん返しが大掛かりで、
SFらしいSFでした。
つまりは「宗教」を扱ったお話であったのだな、
と最後ごろになって気がつきます。
時間のある方にオススメです。
忙しい方は、特に時間を割くほどでもないかも知れないです。
『逆転世界』 (創元SF文庫) クリストファー プリースト
逆転世界
未読ですが、同作者による、この本も面白そうです。
『奇術師』 (ハヤカワ文庫 FT) クリストファー・プリースト