アルバート・アインシュタインの言葉

人間は、われわれが「宇宙」と呼ぶ全体の一部、時間と空間によって限定された一部である。 人は、目分自身、自分の思考、目分の感情を、他から分離したものとして、つまりある種の意識の視覚的妄想として体験している。 この妄想は、われわれにとって一種の牢獄のようなもので、 われわれを個人的欲望や最も身近な数少ない人たちに対する愛情に限定してしまう。 われわれの課題は、愛情の輪を広げ、この牢獄から自分目身を解放し、生きとし生けるもの、そして目然全体を、その美のなかで抱きしめることである。
アインシュタインの以下の言葉の英文verを探しています。
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1384658198
統一性へのアインシュタインの探究
http://www.amorc.or.jp/misc/Einstein.html

あらゆるタイプの依存症の理解に

『快感回路—なぜ気持ちいいのか なぜやめられないのか』 デイヴィッド・J・リンデン

かなり面白かったです。

快感回路 活かす読書
http://ikadoku.blog76.fc2.com/blog-entry-1428.html
『快感回路 なぜ気持ちいいのかなぜやめられないのか』 デイヴィッド・J・リンデン著 : 書評

タイトルがエッチっぽい『快感回路』を読む – mmpoloの日記
http://d.hatena.ne.jp/mmpolo/20120629/1340917197

森 信三 『一日一語』 12月

 十二月一日
日本民族の使命は将来の東西文化の融合に対して、いわばその縮図的原型を提供する処にあるであろう。
 十二月二日
一眼は遠く歴史の彼方(かなた)を、そして一眼は却下の實踐へ。
 十二月三日
日本民族の世界観は、一口にいえば「神ながら」である。
神ながらとは、民族生命の原始無限流動の展開をいう。
そしてこれが、明治維新まで儒仏の文化を摂取し、溶融したが、
ついで維新以後は、西欧文化の摂取を容易ならしめてきた根源力である。
 十二月四日
新しい愛国心の中心は、まず日本民族に対する全的信頼を恢復することであろう。
参考:かいふく【回復・恢復】①一度失ったものをとりもどすこと。②もとのとおりになること。(広辞苑より)
 十二月五日
世界史は結局、巨大なる「平衡化」への展開という外なく、わたくしの歴史観は「動的平衡論」の一語につきる。
すなわち「動的平衡論」とはこの宇宙間の万象は、すべてこれ陰(マイナス)と陽(プラス)の動的バランスによって成立しているということである。
 十二月六日
「物質的に繁栄すると、とかく人間の心はゆるむ。」
これまた「宇宙の大法」の一顕現であり実証である。
 十二月七日
根本的原罪は唯一つ、「我性」すなわち自己中心性である。
そして原罪の派生根は三つ。(一)性欲 (二)嫉妬 (三)搾取。
 十二月八日
ひとたび「性」の問題となるや、相当な人物でも過ちを犯しやすい。
古来「智者も学者も踏み迷う」とは、よくも言えるもの哉。
 十二月九日
職業とは、人間各自がその「生」を支えると共に、さらにこの地上に生を享けたことの意義を実現するために不可避の道である。
されば職業即天職観に、人々はもっと徹すべきであろう。
 十二月十日
人間は他との比較をやめて、ひたすら自己の職務に専念すれば、おのずからそこに一小天地が開けて来るものです。
 十二月十一日
玄米とみそ汁を主とする生活の簡素化は、今日のような時代にこそその意義は深い。
それは資本主義機構に態する自己防衛的意味をもつ一種の消極的抵抗だからである。
 十二月十二日
人は内に凛乎(りんこ)たるものがあってこそ、はじめてよく「清貧」を貫きうるのであって、この認識こそが根本である。
 十二月十三日
人間形成の三大要因
(一)遺伝的な先天的素質
(二)師教ないしは先達による啓発
(三)逆境による人間的な試練
 十二月十四日
これまで親の恩が分からなかったと解かった時が、真に解かりはじめた時なり。
親恩に照らされて来たればこそ、即今自己の存在はあるなり。
 十二月十五日
人間は一人の卓越した人と取り組み、その人を徹底的に食い抜けること―
これ自己確立への恐らくは最短の捷径ならむ。
 十二月十六日
逆算的思考法とは、人生の終末への見通しと、それから逆算する考え方をいう。
だがこの思考法は、ひとり人生のみならず、さらに各種の現実的諸問題への応用も可能である。
 十二月十七日
人生を真剣に生きるためには、できるだけ一生の見通しを立てることが大切です。
いっぱしの人間になろうとしたら、少なくとも十年先の見通しはつけて生きるのでなければ、結局は平々凡々に終わると見てよい。
 十二月十八日
真に生甲斐のある人生の生き方とは、つねに自己に与えられているマイナス面をプラスに反転させて生きることである。
 十二月十九日
人間の甘さとは、自分を実際以上に買いかぶることであり、さらには他人の真価も、正当に評価できないということであろう。
 十二月二十日
「誠実」とは、言うことと行うこととのズレがないこと。
いわゆる「言行一致」であり、随って人が見ていようがいまいがその人の行いに何らかの変化もないことの「持続」をいう。
 十二月二十一日
「心願」とは、人が内奥ふかく秘められている「願い」であり、如何なる方向に向かってこの自己を捧げるべきか―と思い悩んだあげくのはて、ついに自己の献身の方向をつかんだ人の心的状態といってよい。
 十二月二十二日
「朝に道を聞かば夕に死すとも可なり」(論語)
生きた真理というものは、真に己が全生命を賭かけるのでなければ、根本的には把握できないという無限の厳しさの前に佇立(ちょりゅう)する思いである。
 十二月二十三日
礼拝とは
 (一)首を垂れること
 (二)瞑目すること
 (三)両手の掌を胸の辺りで合わせる―という三要素。
最も簡易にして、かつ最も普遍的な宗教的行といってよいが、
いずれも人をして相対を超えしめる具体的方案といってよい。
 十二月二十四日
神はこの大宇宙をあらしめ、かつそれを統一している無限絶大な力ともいえる。
同時にそれは他面、このわたくしという一人の愚かな人間をも見捨て給わず、日夜その全存在を支えていて下さる絶大な「大生命」である。
 十二月二十五日
立腰と念仏の相即一体は宗教の極致。
即ち自他力の相即的一体境であって、いずれか一方に固定化する立場もあるが、両者の動的統一がのぞましい。
 十二月二十六日
「生」の刻々の瞬間から「死」の一瞬にいたるまで、われらの心臓と呼吸は瞬時といえども留まらない。
これは「ありがたい」という程度のコトバで尽せることではない。
「もったいない」と言っても「辱ない」といってもまだ足りない。
文字通り「不可称不可説」である。
 十二月二十七日
けふひと日いのち生きけるよろこびを
夜半にしおもふ独り起きゐて
 十二月二十八日
私が何とか今日まで来れたのは、十五歳のとき伯父の影響で岡田式静坐法を知り、自来八十二歳の現在まで一貫して腰骨を立てて来たことに拠るが、しかし近ごろになってそれでは尚足りず、やはり「丹田の常充実」こそ最重大なことに目覚めて、今や懸命にこれと取り組んでいます。
(尚、丹田の充実には、最初に「十息静坐法」をした上で入るのが良いと思います。
 十二月二十九日
我われ一人びとりの生命は、絶大なる宇宙生命の極微の一分身といってよい。
随って自己をかくあらしめる大宇宙意志によって課せられたこの地上的使命を果たすところに、人生の真意義はあるというべきだろう。
 十二月三十日
私の死後、この実践人の家を訪ねて、「森とは一体どんな人間だったか」と尋ねる人があったら、「西洋哲学を学んだがもうひとつピッタリせず、ついに『全一学』に到達して初めて安定したが、それ以外には唯石が好きだった」と仰ってください。
 十二月三十一日
念々死を覚悟してはじめて真の生となる。
自銘         不尽
学者にあらず
宗教家にあらず
はたまた教育者にもあらず
ただ宿縁に導かれて
国民教育の友としてこの世の〈生〉を終えん騚

森 信三 『一日一語』 11月

 十一月一日
男は無限に賭けきるところがなければならぬ。
女は耐えに耐えつつ貫き通すことが大切。
 十一月二日
死の絶壁に向かってつよくボールを投げつけ、そのはねかえる力を根源的なエネルギーとしなが、日々を生き抜く人物は、げにも凄すさまじい。
 十一月三日
日本史を通観する時、天皇は民族の虚・中心といってよい。
だがそれは生身としてではなく位格としてである。
随ってそれが実中心となった時代は比較的短く、かつ実効を伴なわなかった。
そしてそれが顕著に功績を挙げたのは、上古を除けば、近世ではほとんど明治期だけといってよい。
それは、明治期は我らの民族が封建体制を脱して、近世国家として世界に門戸を開くという異常な時代だったが故であろう。
 十一月四日
肚をすえるという事は、裏返せばすべて神まかせという事でもある。
だが単に神まかせというだけでは、まだ観念的であって、よほどそれに徹しないとフラつきやすい。
 十一月五日
宗教とは、ある面からは現実認識への徹到ともいえよう。
そしてその場合、現実の中心を為すのはもちろん人間である。
随って人は、宗教によって真の人間認識に達しうるともいえよう。
 十一月六日
嫉妬は女にのみ特有のことではなく、男女に共通する最深の罪といってよい。
そしてそれは結局、自己の存立がおびやかされる事への危惧感であって、いかに卓れた人でも、事ひと度自己の専門に関する事柄ともなれば、いかに隠そうとしても妬心が兆す。
 十一月七日
真に心深き人とは、自己に縁ある人の苦悩に対して深く共感し、心の底に「大悲」の涙をたたえつつ、人知れずそれを噛みしめ味わっている底の人であろう。
 十一月八日
津軽野をわが訪ひ来ればまず仰ぐ岩木霊山よ常若(とこわか)にして
津軽野に清(すが)しく立てる岩木嶺ねよ霊山といふも宜うべにそあれ
 十一月九日
どんな地位にある人でも、一旦盲目になったら、あんまになる他に途はない。
それ故一刻も早くそこまで身を落とさねばならぬ―これが三十代の半ばにおけるわたしの自覚の一支柱でした。
 十一月十日
人間は真に覚悟を決めたら、そこから新しい智慧が湧いて、八方塞がりと思ったところから一道の血路が開いてくるものです。
 十一月十一日
知識の完全な模倣物より、自分が躰でつかんだ不完全知の方が、現実界でははるかに有力である。
 十一月十二日
この世では、総じてキレイごとで金をもうけることはむつかしい。
これ現実界における庶民的真理の一つといってよい。
 十一月十三日
  西晋一郎先生
現うつそ身の人の形に生あれましてもろもろ人に道示させし
みいのちに触りせざりせばおぞの身のいのち如何にか生きむとやせし
 十一月十四日
名利の念を捨てることは容易でないが、それはとにかくとして、少なくとも名利というものが絶対的でない事を知らせて下すった方こそ、真に「開眼」の師というべきであろう。
 十一月十五日
師は居ながらにして与えられるものではない。
「求めよ、されば与へられん」というキリストの言葉は、この場合最深の真理性をもつ。
 十一月十六日
「智愚一如」の真理を身に体するのは、容易なことではないが、一応分らせて頂いたのは、河上肇博士の宗教の師で、「無我愛」の行者の伊藤証信さんからでした。
 十一月十七日
知っていて実行しないとしたら、その知はいまだ「真知」でない―との深省を要する。
無の哲学の第一歩は、実はこの一事から出発すべきであろうに―。
 十一月十八日
地上の現実界は多角的であり、かつ錯雑窮まりない。
随って何らかの仕方で常にシメククリをつけねば仕事は進まない。
そしてそれへの最初の端緒こそ、ハキモノを揃えるしつけであって、それはやがて又、経済のシマリにもつながる。
 十一月十九日
分を知るとは自己の限界の自覚ともいえる。
随って人間も分を自覚してから以後の歩みこそほんものになる。
だが才能ある人ほど、その関心が多角的ゆえ、「分」の自覚に入るのが困難であり、かつ遅れがちである。
 十一月二十日
分を突きとめ 分をまもる。
 十一月二十一日
人間の真価を計る二つのめやす―。
一つは、その人の全智全能が、一瞬に、かつ一点に、どれほど集中できるかということ。
もう一つは、睡眠を切りちぢめても精神力によって、どこまでそれが乗り越えられるということ。
 十一月二十二日
すべて一芸一能に身を入れるものは、その道に浸りきらねばならぬ。
躰中の全細胞が、画なら画、短歌なら短歌にむかって、同一方向に整列するほどでなければなるまい。
 十一月二十三日
声は腹より出すものなり。
座談に至るまで、その一語一語が腹より出づるに到れば、これひとかどの人物というべし。
それには常に下腹の力の抜けぬ努力が肝要。
 十一月二十四日
我執とは、自己の身心の統一が得難く、その分裂乖離(かいり)の結果、心が欲望の対象に偏執する相といえる。
それゆえ、およそ「修業」の根本となるものは、いずれも身・心の相即的統一を図る工夫を念とする。
 十一月二十五日
人は他を批判する前に、まず自分としての対策がなければならぬ。
しかも対策には何よりも先ず着手点を明示するを要する。
この程度の心の用意なきものは、他を批判する資格なしというべし。
 十一月二十六日
今や東京は、その人口が世界最大のみならず、政治・経済・文化等の一切を貪り集めている。
そのうえ、文化の伝達機関たる出版までも独占し、ためにアメリカ風の浮薄な文化が、今や全国的にまんえんして、ほとんどその極に達せんとしつつある。
これ私が「遷都論」を唱えざるを得ないゆえんである。
 十一月二十七日
学問や思想の世界においてさえ、真に自分の眼で物を見、自己の頭でその真偽・優劣を判断せずに、広義の世評を基準としてしか物の判断のできない人が多いということは、真に嘆かわしい極みである。
 十一月二十八日
交通機関の速さが、今後人間関係をいよいよ複雑にし、かつ刹那的にするであろう。
ではそうした狂燥的な社会にいかに対処するかが問題だが、これも根本的には各自が「腰骨を立てる」以外に途みちはあるまい。
というのも結局は、自己の主体的統一を堅持する以外に途はないからである。
 十一月二十九日
人間は
(一)職業に対する報謝として、後進のために実践記録を残すこと。
(二)この世への報謝として「自伝」を書くこと。
随って自伝はその意味からは一種の「報恩録」ともいえよう。
(三)そして余生を奉仕に生きること。
これ人間として最低の基本線であって、お互いにこれだけはどうしてもやり抜かねばならぬ。
 十一月三十日
冬に入る日本海のすさまじさ潮騒しおざいの音を聞きにけるかも
陽の落ちて暗くしなれるこの岸に打ちとよもせる潮騒の音 (石見の海)